〜慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease(CKD))における心血管障害の克服を目指して〜
近年,慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease (CKD))という疾患概念が提唱され,
CKDは透析の予備軍であるばかりでなく,心臓血管障害の発症(図1)や
死亡などの予後を規定する重要な因子であることが明らかとなり,
その対策が緊急の課題となっております.
慢性腎不全や末期腎不全(透析)時には高度の血管の石灰化病変が出現することが
知られています.その血管の石灰化は心血管系疾患や生命予後に
大きく関与することが数多く報告されており,最近,血管石灰化が重要視されてきています.
しかし,この血管石灰化とういう病態は,カルシウム・リン代謝異常が大きな原因とされていますが,
未だその詳細な発症・進展機序は不明であります.
最近,老化制御蛋白としてKlotho蛋白が注目されています.
1997年に黒尾氏らにより同定された蛋白で,Klotho遺伝子欠損マウス(図2)は,
成長障害,骨粗鬆症,異所性石灰化や血管石灰化などが出現し,
老化のモデルマウスとして注目されています.このKlotho蛋白は腎臓,副甲状腺,脳脈絡膜で
産生されることが確認されています.腎臓では,遠位尿細管に特異的に発現し(図3),
カルシウム・リン代謝に密接に関与すると考えられています.
また,リン代謝調節蛋白としてFGF23蛋白が2001年に島田氏らにより報告されました.
FGF23遺伝子欠損マウスもまた,Klotho遺伝子欠損マウスと同様に血管石灰化を呈することから,
Klotho蛋白と協調して血管石灰化の発症・進展に関与するのではないかと注目されています.
しかし, CKDにおけるカルシウム・リン代謝異常とKlotho蛋白やFGF23蛋白との関係,
また,血管病変・血管石灰化への関与は未だ不明であります.
私たちは,各種腎炎例,腎不全例,および糖尿病例を対象とし,
4,000例を越える腎生検標本を用いて腎臓でのKlotho発現の動向と腎病変,
カルシウム・リン代謝との関係,およびFGF23蛋白の動態との関係を臨床病理学的に検討しております.
さらに,モデルマウスを用いてKlotho蛋白・FGF23蛋白と血管石灰化病変との関係を解明し,
腎不全例での血管石灰化の発症・進展機序の解明に繋げたいと考えております.
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<図1>
CKDは心血管障害のrisk factorである
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<図2>
Klotho遺伝子欠損マウス |
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<図3>
Klotho蛋白は遠位尿細管上皮に発現する.
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大規模臨床試験
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JPAD研究
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アスピリン(アセチルサリチル酸)は優秀な解熱鎮痛剤であるだけでなく、
狭心症や心筋梗塞、脳梗塞の二次予防に必須の薬剤です。
低用量アスピリンが心血管疾患の二次予防に有効とされるのは過去の臨床試験の成果ですが、
アスピリンが安価であることもあって、一次予防にも有効であろうと考えられるようになりました。
1989年、米国男性医師22,071人を対象にアスピリンの
心血管疾患一次予防効果を目的とした大規模臨床試験(Physicians’ Health Study)
においてアスピリンの有効性が示されたことを皮切りに、
複数の大規模臨床試験が実施されその有効性が示されました。
一方で、糖尿病患者はFramingham研究などの疫学研究から心血管疾患の
高リスク群であることが知られていたため、アスピリンは当然有効であろうと考えられました。
事実、本邦を含む各国の心血管疾患一次予防のガイドラインにおいて、
糖尿病患者に対する低用量アスピリン投与が推奨されていました。
しかしながら、これまでに糖尿病患者を対象としてデザインされた大規模臨床試験は存在しませんでした。
奈良県立医科大学第1内科では、熊本大学循環器内科や
日本全国の実地医家の先生方と協力して、心血管疾患の既往のない
2型糖尿病患者2,539人を対象に、「糖尿病患者において低用量アスピリン療法が
本当に心血管疾患一次予防効果を有するのか」を検証すべく無作為対照試験
(Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes Trial [JPAD研究])
を行いました。2002年に開始したJPAD研究は2008年に一旦終了し、
その結果は四大医学雑誌の一つであるJAMA誌に報告しました
(Ogawa H, Saito Y et al. JAMA 2008; 300: 2134-41)。
JPAD研究の結果、低用量アスピリンは心血管イベントを抑制する傾向を
認めるが統計学的な有意性は認めないという当初の予想に反した結果でしたが、
その結果は多くの論文に引用され評価されるとともに、
各国のガイドラインに影響を与えました。さらにサブ解析では
腎機能の低下している群やインスリン治療を行っている群といった
高イベント群において、アスピリンが一次予防効果を有さないという結果が
示されています。サブ解析ですのでその解釈には注意が必要ですが、
リスクの集積した糖尿病患者にはアスピリンの効果が乏しいのかもしれません。
JPAD研究の成果は、現在も参加各施設から世界に発信されています。
また、2008年以降はJPAD2研究として、
「JPAD研究参加者を合計10年間追跡する観察研究」を実施しています。
JPAD2研究ではアスピリンの長期効果を評価するだけでなく、
日本人2型糖尿病患者の自然史や糖尿病薬や降圧薬の心血管疾患発症に
及ぼす影響について解析を進めていく予定です。
【図表・写真は準備中です】
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造影剤腎臓症に関する全国コホート研究
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造影剤腎症とは「他には原因がないのに
造影剤の血管内投与後3日以内に起こる腎機能障害で、血清クレアチニンが25%以上、
あるいは0.5mg/dL以上の増加」」(欧州泌尿生殖器放射線学会)と定義されています。
発症機序はまだ不明な点が多いですが、造影剤の尿細管上皮細胞への直接毒性と
腎血流の低下による腎髄質虚血が主要な機序であると考えられています。
造影剤腎症を発症した患者は、腎機能予後、生命予後も不良でることが報告されており(Figure1)、
腎機能が低下した患者では造影剤を用いた検査・治療を控える傾向があります。
しかし、循環器疾患を診断・治療するうえで造影剤を用いた検査・治療は必要不可欠であり、
造影剤腎症は循環器疾患を診療していくうえで重要な臨床問題になってきています。
ところが、我が国においては造影剤腎症の発症頻度の実態に関しては不明な点が多く、
疫学データが不足しているのが現状です。
以上の点を鑑み、奈良医大循環器・腎臓・代謝内科が中心となって
全国レベルで冠動脈造影検査(CAG)および経皮的冠動脈形成術が実施された
約2000人の患者を対象に @わが国のCAG検査に伴う造影剤腎症の発症頻度、
特に腎機能別の発症頻度の把握、ACAG翌日の血清クレアチニン値の変化による
造影剤腎症発症予測の可能性の検証、さらにB造影剤腎症症例の予後の把握
(1年後の腎機能の変化と予後)を、目的に前向き観察研究を行っています。
【参可施設】
奈良医大関連施設(県立三室病院、県立奈良病院、市立奈良病院、済生会吹田病院、大和橿原病院)、
北海道大学、筑波大学、名古屋大学、日本大学、熊本大学循環器内科とその関連病院の全国50か所のカテーテル施行施設。
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AMIのコホート研究
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2005年から心臓カテーテル検査を実施している
関連病院を中心として急性冠症候群の症例をインターネットで登録する
Nara Cardio-Renal stationを立ち上げました.昨年からはセキュリティーなどの問題から
off line化し,詳細に患者背景,カテーテル手技内容,予後などを登録しています.
現在は当院に2005年1月から2011年3月までに当院に入院した急性心筋梗塞の症例約400例を解析中です.
入院後6か月以降生存をした患者での死亡率は約9%でした.他の大規模臨床試験とは遜色ない結果ですが,
奈良ならではの患者背景や投薬の違いがどのように予後に寄与しているかさらに詳細に検討中です.
JACCSやOACISなどの大規模臨床試験のように,虚血性心疾患に関して奈良ベースのデータを発信し,
急性心筋梗塞治療をより向上させることができることを願い今後もたゆまぬ努力を続けていきたいと思います.
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脳血管イベントに対する研究
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当教室では,脳血管疾患の予防についての臨床試験を行っています.
脳血管疾患を予防することは,患者様本人の生命・Quality of Life(QOL)の向上だけではなく,
ご家族や社会全体の介護負担や医療費・介護費用の軽減にもつながります.
わが国では欧米とは異なり脳血管障害,特に無症候性脳梗塞(SI)や
穿通枝梗塞(ラクナ梗塞)の発症率が高く,それらは症候性脳血管障害の危険因子であり
認知症の原因になることが明らかにされています.これらの予防には,
老年者高血圧の降圧管理が重要です.高齢者高血圧症所例を対象にどの薬剤が
脳血管イベントの発症抑制に一番効果的かを検討する臨床研究を始めております。
方法は,エントリー時とその2年後にMRIおよび認知機能障害を早期に発見できる
MMSE(Mini-Mental State Examination)を施行し,2年間の認知機能低下,
脳虚血所見の進行,および新たな脳梗塞の発症を検討いたします.
現在300人以上の患者様にご協力いただいており,600人のエントリーを目指しています.
この臨床試験は,奈良県立医科大学の臨床試験審査委員会の審査を経て承認されております。
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