ビクニン治療(基礎と臨床)


ビクニン治療(基礎と臨床)について説明してあります


要旨


  癌の浸潤・転移能獲得にはウロキナーゼやマトリックスメタロプロテアーゼなどの蛋白質分解酵素 (プロテアーゼ)のみならずそれぞれのインヒビターであるPAI-1やTIMPも重要で、その両者の発現を抑制することが必須である と思われる。事実、悪性度が高く、転移しやすく、予後不良な癌組織はプロテアーゼのみならずインヒビターも高値を示している。 癌が接着するときはインヒビター優位となり、浸潤する際にプロテアーゼが必須のためと考えられる。したがって、 プロテアーゼ活性を制御する低分子薬の開発のみでは癌転移の制圧は困難である。我々が研究しているヒト羊水・尿由来ビクニンは プロテアーゼとインヒビターを同時に抑制する生理的物質である。現在ビクニン類似薬として大豆から内服可能な癌転移抑制剤の 開発を行なっている。


はじめに


  アメーバのような単細胞生命体が移動し、増殖し、分裂し、物を消化して排泄するためには 原始的なプロテアーゼとしてトリプシンを使用していたと思われる。進化の過程でキモトリプシン、エラスターゼや ウロキナーゼなどが作られるようになってきたが、かなり後になってからの進化であろう。一方、過剰に分裂したり 消化しすぎたりしないようにトリプシンインヒビターも存在しなければならない。癌細胞も基本的には原始的なプロテアーゼと インヒビターを利用して移動しているのである。

  癌細胞が転移するためには接着した後、周囲の組織を破壊して目的の場所まで移動(転移)しなければならない。 癌細胞が移動するために癌細胞や周囲の間質細胞においてどのようなプロテアーゼが主に発現しているのか長年研究されてきた。 細胞外基質(マトリックス)分解酵素及び、その阻害物質の特異的発現を検討し、癌細胞と間質細胞との相互関係がそれらの 発現に重要な役割を果たしていることも明らかになってきた。

  細胞外基質を分解する主役としてのMMP(matrix metalloproteinase:マトリックスメタロプロテアーゼ)は、 細胞外マトリックスを分解する酵素の総称で、生理学的な、あるいは、病的な組織破壊に重要な役割を果たしている。 MMPはさまざまな細胞外基質に対する分解活性を指標に精製が進められ、基質特異性の相違によって分類されてきた。 MMPの基質は細胞を固定、接着させる細胞外マトリックスであり、マトリックスには各種タイプのコラーゲン、 プロテオグリカン、ゼラチン、フィブロネクチン、ラミニン、エラスチンなどを含んでいる。一方ではこれらが 癌浸潤の場合のバリアーとなっていることも事実である。しかし、単なるバリアーではなく成長因子などを保持する リザーバーとしても機能している。

  また、MMPを活性化するために必要なプロテアーゼの一つとしてウロキナーゼ(uPA)やプラスミンも知られている。 過去の膨大な研究よりウロキナーゼと癌転移の関連性も重要視されている。


癌及び癌以外の疾患におけるMMPの作用


     癌治療において、癌のMMP活性が、癌の増殖・浸潤・転移に影響を与えることは多くの癌種で確認されており、 血管新生と転移能の間には緊密な関係が示されているが、MMP阻害剤は、従来の抗癌剤とは異なり、その作用機序から 一度成立した腫瘍を縮小させることは比較的困難であり、癌と共存し延命効果を獲得することが期待される。しかし、一方では、 予想された臨床効果が充分発揮されていないのも事実である(1,2)。

  癌以外の分野においては、近年、MMPの阻害活性を用いた臨床での治療への応用が検討されている。慢性関節リウマチ、 呼吸器疾患、神経疾患、心血管系疾患、肝疾患、皮膚疾患などでもMMPとの関連が解明されつつあり、将来の治療候補疾患 になりうる。特に、慢性関節リウマチや変形性関節症の発症機序の解明は各研究室で精力的になされており、MMPを中心に 病態モデル動物を用いて解析されている。


癌浸潤のメカニズムと蛋白質分解酵素


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  図1上段に示すように、癌細胞から普遍的に産生されるプロウロキナーゼ(pro-uPA)は酵素学的に 不活性型のウロキナーゼであり、細胞膜に存在するウロキナーゼリセプター(uPAR)に結合した後に活性化され ウロキナーゼに変換される。一方、uPARに結合しなかったウロキナーゼ(secreted uPA:分泌型)は直ちにウロキナーゼ インヒビターであるPAI-1と結合しその活性を失う。リセプター結合ウロキナーゼは細胞外マトリックスに存在する プラスミノーゲンをプラスミンに変換しこのプラスミンが直接に、あるいは、MMPを活性化して間接的に細胞外 マトリックスを破壊し、癌細胞が浸潤していく(3)。また、ウロキナーゼがリセプターに結合すると主にMAPK (マップキナーゼ)のシグナル伝達を介してウロキナーゼやPAI-1の産生を促進する。癌細胞の浸潤という細胞の 運動機能は、局所では増殖因子やサイトカインなどの可溶性因子とそれらの受容体によって制御されることが多いが、 それだけではなく、細胞外マトリックスへの接着によって生じるoutsdide-inシグナルの影響を受けることが明らかに なっている。また一方で、細胞外マトリックスはこれらの可溶性因子の貯蔵庫としての役割も持っており、細胞外 マトリックスの分解によってこれらの因子が放出されると、周辺の細胞機能が影響を受ける。uPARは単なる ウロキナーゼの受容体ではなく、outside-inシグナルのスイッチである。したがって、癌細胞表面のプロテアーゼの 活性はその時々により劇的に変化していることが推定される。癌細胞が周囲の組織を破壊しているときはプロテアーゼ 活性はインヒビターより亢進しているし、一方、癌細胞がマトリックスに接着しているときはその逆の現象が起こっている。


ヒト卵巣癌細胞の浸潤におけるウロキナーゼの作用


   今回の実験で使用したヒト卵巣癌培養細胞HRAおよびSKOV-3の各種パラメータの産生量を示す(図1下段)。 Semiconfluentになった癌細胞を無血清培地で処理した後、10%血清を添加したときの細胞内および培養液中に産生された各種 パラメータの相対量をWestern blotで示した。HRA細胞のuPA量を1としたときの相対値で示してある。HRA細胞はuPAより PAI-1のほうが2倍多く産生し、プラスミンも0.1しかないが、極めてよく浸潤する細胞である。一方、SKOV-3細胞は ウロキナーゼがPAI-1の50倍も多く産生し、プラスミンもHRAより50倍高値を示すが、その浸潤能は低い。したがって、 単にプロテアーゼ活性が高いから浸潤能が高いということはない。

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  HRAとSKOV-3においてウロキナーゼ活性を減らす操作をすると癌細胞の浸潤は低下するかどうか検討した(図2)。 HRA細胞は予想通りウロキナーゼの中和抗体で活性を中和することにより添加した抗体の濃度依存性に癌細胞の浸潤は 低下した。しかし、予想に反してSKOV-3細胞では、大量の中和抗体では癌浸潤は低下したが、中程度にウロキナーゼ活性を 中和すると逆に癌浸潤が亢進した。おそらく、通常SKOV-3はウロキナーゼ活性が非常に高いため、マトリックスとの接着が 充分おこらない状態になっているものと思われる。この状態に中和抗体でウロキナーゼを中和したことにより接着が 起こりやすくなり、マトリックスへの接着後にシグナル伝達を介して癌細胞の浸潤が発揮された結果、浸潤能が亢進 したのではないかと思われる。つまり、プロテアーゼ活性が高ければ細胞外マトリックスが破壊されて浸潤・転移しやすいと 考えやすいが、実際には癌が浸潤・転移するときのプロテアーゼ産生のタイミングが重要なのであろう。

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図3はHRAとSKOV-3を1:1に混合した場合の浸潤能の変化を示したものである。両者を混ぜた場合はそれぞれ単独で実験した 場合に比べて浸潤能は亢進した。この状態にウロキナーゼ中和抗体を濃度依存性に添加すると、50 ug/mlの量で完全に ウロキナーゼを中和してしまうと癌浸潤も抑制されたが、10 ug/mlの濃度ではむしろ癌浸潤能は亢進してしまった。 この現象は癌組織にheterogeneityがある場合、インヒビターで浸潤が抑制される場合と、逆に浸潤を促進してしまう 場合があることを示しており、癌治療の困難さが伺える。


  つまり、HRAは、ウロキナーゼとPAI-1が共に高値でバランスがとれているので、ウロキナーゼ濃度依存性に癌浸潤がおこるため、 ウロキナーゼの濃度を減らす操作をすれば癌浸潤は抑制可能である。一方、SKOV-3はウロキナーゼ活性が高すぎて線溶亢進 しているため、マトリックスとの接着ができず、むしろ浸潤しない。このとき、ウロキナーゼを減らすか、PAI-1を 増やすことにより逆に浸潤が促進してしまう。したがって、heterogeneityのあるヒト癌細胞の浸潤を抑制するためには ウロキナーゼ, PAI-1ともに減少させる必要があると思われる。したがって、MMP阻害剤などがヒト癌に対して 有効性が認められないのは、ヒトの場合は癌にheterogeneityがあるため、HRAとSKOV-3の関係のようなことが実際の 生体内で起こっているのではないかと思われる。あるいは、MMP 阻害剤はマウスには有効だがヒトには無効なのかも しれない。つまり、マウスとヒトとでは癌浸潤・転移のメカニズムが違う可能性もある。また、マウス実験で失敗したものは 論文になっていない可能性もある。さらにヒトの場合は進行癌を対象にしていることもMMP阻害剤などが 成功しなかった原因かもしれない。


血管新生とがん治療


  癌が転移し増大するためには血管新生による栄養補給が必要である。 血管新生抑制因子で癌への栄養を断ち、小さくなった癌を他の方法で完全に撲滅できれば理想である。 血管新生抑制は癌転移抑制にもつながるため、現在、多くの新薬研究がこの血管新生抑制を目的に行われている。 血管新生抑制物質の臨床応用にあたっては比較的長期間投与する必要があるので、患者のQOLを考慮すると、 内服可能な薬剤で毒性のないものが理想である。

  癌細胞といえども自分が無制限に増殖すると血管新生が追いつかないため癌組織自体の壊死がおこり、 自分にとって不利な環境になる。したがって、癌細胞は血管新生物質と同時に生理的な血管新生抑制物質 (アンギオスタチンやエンドスタチンがこれに相当する)も産生するのであろう。もしすでに微小転移巣が 形成されていた場合には、原発巣を手術で摘出した結果、生理的な血管新生抑制物質の低下がおこり、 微小転移巣の急激な増大が起こることになる。臨床的には子宮肉腫を切除した後短期間で肺転移をきたした症例を 経験することがあり、これがまさに血管新生抑制物質の低下によって起こるものと思われる。

臨床応用される可能性のある血管新生阻害剤

  現在までに、血管の増殖や移動を促進する因子として、以下の物質が解明されつつある。すなわち、 angiogenin, epidermal growth factor, estrogen, fibroblast growth factors (acidic and basic), interleukin 8, prostaglandin E1 and E2, tumor necrosis factor-a, vascular endothelial growth factor (VEGF), およびgranulocyte colony-stimulating factorが知られている。一方、血管新生の抑制物質としては、 angiostatin, endostatin, interferons, interleukin 1 (a and ß), interleukin 12, retinoic acid, およびtissue inhibitor of metalloproteinase-1 と -2. (TIMP-1 and -2)が有名である。

  現在まで約20種類の血管新生阻害剤が現在ヒトでの臨床治験に使用されている。多くは Phase I/IIであり、 3種類の血管新生阻害剤がPhase IIIで実際にヒトに臨床治験として実施されている。

(1) α-インターフェロン
  α-インターフェロンは1989年から重度の血管腫、これは主に若年の子供がかかる非癌性腫瘍であるが、 それを治療するために使用された最初の薬である。

(2) フマリン(TPN470)
  人工的に合成されたフマリン(TPN470)は1992年に出まわり、現在いくつかの癌に対して臨床的試みとして使用されている。

(3)NK4
  大阪大学医学部の中村敏一教授(生化学)らのグループは、癌の浸潤、転移を抑えるNK4という物質が、 血管新生も阻害することを見いだした。彼らは肝細胞増殖因子(HGF)を発見し、HGFが癌細胞の増殖や転移に 関係していることを突き止めた。ところがHGFの分解産物であるNK4にHGFの働きを抑える作用があることを発見した。 NK4は米国で開発された血管新生阻害剤のアンジオスタチンより強力な阻害作用を持つ可能性が示唆されている。

(4)増殖因子
  血管新生を促進するたんぱく質の中で、VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor;血管内皮細胞増殖因子)、 bFGF(basic Fibloblast Groeth Facto;塩基性線維芽細胞増殖因子)およびTP (Thymidine Phosphorylase; PD-ECGF, Platelet-derived Endothelial Cell Growth Factor;血小板由来血管内皮細胞増殖因子)は腫瘍や一部の 宿主細胞によって分泌される。

  血管内皮増殖因子(VEGF)は、下垂体foliculo-stellate(星状濾胞)細胞の培養液より単離された血管内皮細胞に 特異的に作用する増殖因子である。また、相前後して報告された腫瘍細胞由来の血管透過性亢進因子VPFとVEGFとは、 クローニングの結果、全く同一の遺伝子産物であることが判明している。その産生細胞としてfolliculo-stellate細胞はもとより、 マクロファージ、平滑筋細胞、胚線維芽細胞等の多様な正常細胞、ならびに腫瘍細胞の報告がある。VEGFは、血管内皮細胞の増殖を始めとした血管新生過程の促進、血管透過性の亢進作用を有することから、 血管新生が重要な役割を果たす各種疾患との関連が推定されている。実際、固形腫瘍患者血清中でVEGFの産生増大が 観察されており、癌の増悪機転への密接な関与が示唆される。この他、糖尿病性網膜症にみられる異常血管新生、 慢性関節リウマチの炎症巣、あるいは創傷治癒過程におけるVEGFの動態も注目されている。これらの中和抗体には 抗血管新生作用が確認される。

  FGFは、線維芽細胞や血管内皮細胞等の中胚葉系細胞および神経外胚葉系細胞の増殖・分化、走化性活性を始めとした 多彩な生理作用を有することで知られ、ヘパリンに強い親和性を示すことから“ヘパリン結合性増殖因子(HBGF)” とも呼ばれる。FGFは等電点の相違より酸性FGF(aFGF)と塩基性FGF(bFGF)に大別されるが、一般に 後者がより広く生体各組織に分布し、活性も強い。FGFの役割としてとりわけ重視されているのは、その血管新生促進作用 である。FGFは(1)血管内皮細胞の増殖・遊走の促進、(2)血管腔の形成促進、(3)内皮細胞由来プロテアーゼの産生促進、 といった血管新生因子の基本的条件を備えており、血管新生が疾患の発症ならびに増悪に重要な糖尿病性網膜症や固形腫瘍 との関連が注目されている。例えば、血管の豊富な癌として知られる腎癌では血清bFGFが増加する。また、潰瘍の発生 あるいは治癒過程におけるbFGFの関与も興味深い論点である。さらに、最近ではPDGFやTGF-βとの共同作用に おいて組織の線維化に重要な役割を果たすことが明らかになっている。

  TP (Thymidine Phosphorylase; PD-ECGF, Platelet-derived Endothelial Cell Growth Factor;血小板由来血管内皮細胞増殖因子) は婦人科悪性腫瘍において最近注目されている物質の一つである。

(5)アンギオスタチンとエンドスタチン
  フォークマン博士とアンドレッティ社が共同開発した代表的な抗血管新生物質である。癌細胞を兵糧攻めにすることがさまざまな 実験で確認され、臨床試験段階であるが有望視されている。

(6)プロラクチン
  プロラクチンの3分の2の大きさからなる16kDaプロラクチンとして知られている断片が抗血管新生効果を示す。

(7) サリドマイド
  30年ほど前、妊婦が陣痛を押さえるため、サリドマイドを服用したところ、手足の奇形を伴った子供が生まれたのである。 このような奇形はまさに子供の腕や足において新たな血管の発達が損なわれたために生じた。最近multiple myelomaで使用されている。

(8) その他
  ツノザメの胃から抽出されたスキュアリンやインターロイキン12も知られている。


癌転移抑制物質ビクニン


  (1) ビクニンの活性
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  ヒト羊水中には抗炎症成分が含まれて、その代表的なものとしてビクニンがある。ビクニンは羊水中では単独で(フリー) で存在するが、血中にはビクニンと複合体を形成したInter-alpha-Inhibitor (IaI)が存在する。肝臓からは恒常的にIaIが 分泌されており、その血中濃度は約500 ug/mlと極めて高値である(図4)。IaIはビクニンのコンドロイチン4硫酸側鎖に 重鎖(Heavy chain)が2本結合した構造をしている。血中にフリーで存在するビクニンはIaIの数%しかなく、10 ug/ml以下 であろう (4-7)。IaIの多くは腎臓で代謝され、尿中にフリーのビクニンが排泄される。また、新生児の尿中ビクニンは 成人の尿より高濃度である。これが恒常的に羊水に排泄されているため、羊水中のビクニン濃度は比較的高値を維持している。

  この羊水ビクニンの生理的作用は抗炎症作用を発揮し子宮筋の収縮を抑制し早産を防止している(8)、と考えられている。 ビクニンは以前にはUTI (Urinary Trypsin Inhibitor)とよばれていたトリプシン活性を抑制する糖蛋白質である。もちろん トリプシン活性を抑制する作用はあるがそれ以外に抗炎症作用のほうが強いことが判明している。この薬剤はウリナスタチン 膣坐薬として臨床で切迫早産治療に使用されている。

  それ以外のビクニンの作用としては、サイトカイン産生抑制など抗炎症活性を指標に研究されており、紫外線による 日焼け防止や歯周病予防にも有効性を発揮している。詳細は奈良県立医科大学産婦人科ホームページ (http://www.naramed-u.ac.jp/~gyne/)を参照されたい。

(2) ビクニンの癌浸潤抑制メカニズム
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  図5にビクニンの作用機序を示す。各種成長因子受容体(Growth Factor Receptor: GFR)はヒアルロン酸リセプターである CD44と重合(カップリング)している。CD44にヒアルロン酸が結合したり、成長因子(GF)がGFRに結合するとCD44の カップリングが起こる。それに連動してのGFR同士のカップリングも起こる。その結果、CD44を介するあるいはGFRを介する シグナルが伝達される。しかし、ビクニンを添加すると、まず、ビクニンのN末端がヒアルロン酸に結合したリンク蛋白 (LP)と結合し、同時に細胞表面にあるビクニン受容体(Bikunin receptor)と結合する。ビクニン受容体はCD44 accessory proteinとして機能しているため、CD44のカップリングやGFR同士のカップリングを阻止することにより、 シグナル伝達が伝わらなくなってしまうのである(9)。


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  ビクニンを添加したときのSKOV-3細胞の浸潤能の変化を示す(図6)。右図のinvasion assayに示すようにビクニンにより 濃度依存性に癌浸潤が抑制された。このときのPAI-1、ウロキナーゼ、その受容体mRNA発現、およびコントロールとしての βアクチンmRNA発現を示すが、ウロキナーゼのみならず、その受容体及びPAI-1ともに低下しているのがわかる。 癌転移抑制のためには少なくともウロキナーゼとPAI-1を同時に低下させる必要がある。uPARも低下するため、 ウロキナーゼや細胞外マトリックスからのoutside-inシグナルが入ってこなくなるのも、癌浸潤が抑制される大きな 原因の一つである。





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  次に、ビクニン遺伝子はどのような役割を演じているのか実験した。HRA細胞はビクニンを産生していないため、 HRAにビクニン遺伝子を導入し過剰発現させた時の細胞の転移能の変化を調べた(図7)。横隔膜下の癌性腹膜炎の状態を示すが、 ビクニン遺伝子を導入しないWild typeでは大きな腫瘤形成をみるが、HRA遺伝子導入癌細胞では その腫瘤形成はみられなかった (10)。








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(3) 進行卵巣癌患者のビクニン治療

  ヒト羊水由来ビクニンは尿由来のビクニンと同じアミノ酸配列を示している。尿由来のビクニンを商品化したものが 「ミラクリッド」である。「ミラクリッド」の抗炎症作用を用いて2つの臨床研究を行った。1つ目は「ミラクリッド」 のシスプラチン腎障害抑制効果の確認で、2つ目は進行卵巣癌患者の「ミラクリッド」による予後改善効果の確認、 である。今回、後者について説明する。

  III期とIV期のヒト卵巣癌に対して手術と抗癌剤治療を行ったときにビクニンを注射した患者と注射しなかった患者に おける予後を示したものである。8年前にスターとした臨床研究であり、CAP療法が主体で、手術術式は腹式子宮全摘出術+ 両側付属期摘出術+大網切除術+骨盤内リンパ節郭清術が主体である。背景因子は両群間に有意差はない。合計57例で 「ミラクリッド」注射群29例と非使用群28例であり、抗癌剤を点滴するときにあわせて、毎日30万単位を連日1週間点滴静注 するのを3週間ごとに6コース施行したときの予後調査を図8に示した。現在、8年生存率まで追跡したが、 ビクニン注射群に有意に生存率が高かった(6)。しかし、毎日患者にビクニンを注射しなければならないということが 問題である。


内服できる大豆ビクニンの開発


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  ヒト羊水由来ビクニンに構造が類似し、しかも内服可能なビクニンを探索したところ、 大豆ホエー(大豆蛋白を精製するときに廃棄される分画)に大豆ビクニン(Kunitz Trypsin Inhibitor: KTI)が 存在することが判明した(図9)。同時にこの分画から分離されたBowman-Birk Inhibitor (BBI)についても 癌転移抑制効果を検討した。KTIもBBIのいずれもトリプシンインヒビターである。図に示すようにKTIとBBIの 分子量はそれぞれ20 kDaおよび8 kDaである(11)。






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  前述したように、uPA, PAI-1の産生を抑制することが癌転移抑制には必須である。ビクニンはHRA細胞において uPA, PAI-1 mRNA発現抑制効果を認めたため、KTIおよびBBIにも同様な効果があるかどうか検討した。なお、 HRA細胞はTGF-β添加によりuPA, PAI-1 mRNAが誘導されることは知られている癌細胞である。図10に示すように これにKTIおよびBBIをそれぞれ添加するとKTIには濃度依存性にTGF-β添加によるuPA, PAI-1 mRNAの誘導が抑制された。 しかし、BBIにはその効果は確認できなかった。大豆KTIは羊水ビクニン同様にuPA, PAI-1 mRNAの両者の誘導が抑制した。 同じトリプシンインヒビターであるのに、何故KTIのみにこの効果があるのか現時点では不明だが、立体構造の違いが 関与している可能性がある。


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  そこで、KTIによるHRA細胞の浸潤抑制効果を検討した(図11)。HRAはTGF-βにより癌浸潤は促進される。 これにgenistein, PP2, PD98059等のシグナル伝達阻害剤を添加するとTGF-βによる浸潤促進作用は消失した。 また、KTIは濃度依存性にTGF-β添加による癌浸潤の誘導を抑制した。しかし、BBIにはその効果は確認できなかった。









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  次にin vivo実験として、C57BL/6マウスに移植したマウス肺癌細胞Lewis lung carcinoma 3LL細胞を皮下移植した ときのspontaneous metastasis assay(自然転移モデル)を行なった(図12)。3LLを皮下移植4週間後の肺転移数を カウントすると、KTI投与は濃度依存性に肺転移数を減少させた。しかし、BBIにはその効果は確認できなかった。 HRA細胞をヌードマウス腹腔内に移植した9日目に腹膜播種した腫瘍の重量をカウントした。その結果も同様に、 KTIは濃度依存性に腹膜播種した腫瘍重量を抑制したが、BBIにはその効果は確認できなかった。以上、in vitro およびin vivoデータをまとめると癌細胞の浸潤・転移にはKunitz構造をしたトリプシンインヒビターが重要である。 癌転移抑制のためには、プロテアーゼのみならずそのインヒビターも重要で、その両者の発現を抑制することが 必須であると思われる。


今後の展望


  ヒト羊水・尿ビクニンはプロテアーゼとインヒビターを同時に抑制する生理的物質であるが、 注射剤という点が患者のQOLを低下させる。我々は、内服可能な癌転移抑制剤の開発を行なっている。最近、 ビクニン類似物質として大豆ホエーからKTIおよびBBIを精製した。その中で、KTIに癌浸潤・転移抑制活性を認めた。 実際の動物実験ではKTIは経口投与が可能であり、濃度依存性に癌転移抑制効果を発揮した。現在、大豆を原料とした 内服可能な転移抑制剤・特定健康食品の開発を行なっている。


文献


1. Wagenaar-Miller RA, Gorden L, Matrisian LM. Matrix metalloproteinases in colorectal cancer: is it worth talking about? Cancer Metastasis Rev. 2004 Jan-Jun;23(1-2):119-35.
2. Freije JM, Balbin M, Pendas AM, Sanchez LM, Puente XS, Lopez-Otin C. Matrix metalloproteinases and tumor progression. Adv Exp Med Biol. 2003;532:91-107.
3. Baker EA, Leaper DJ. The plasminogen activator and matrix metalloproteinase systems in colorectal cancer: relationship to tumour pathology. Eur J Cancer. 2003 May;39(7):981-8.
4. Fries E, Blom AM. Bikunin--not just a plasma proteinase inhibitor. Int J Biochem Cell Biol. 2000 Feb;32(2):125-37.
5. Kobayashi H. Suppression of urokinase expression and tumor metastasis by bikunin overexpression [mini-review]. Hum Cell. 2001 Sep;14(3):233-6.
6. Kobayashi H, Suzuki M, Hirashima Y, Terao T. The protease inhibitor bikunin, a novel anti-metastatic agent. Biol Chem. 2003 May;384(5):749-54.
7. Fries E, Kaczmarczyk A. Inter-alpha-inhibitor, hyaluronan and inflammation. Acta Biochim Pol. 2003;50(3):735-42.
8. Futamura Y, Kajikawa S, Kaga N, Shibutani Y. Protection against preterm delivery in mice by urinary trypsin inhibitor. Obstet Gynecol. 1999 Jan;93(1):100-8.
9. Suzuki M, Kobayashi H, Fujie M, Nishida T, Takigawa M, Kanayama N, Terao T. Kunitz-type protease inhibitor bikunin disrupts phorbol ester-induced oligomerization of CD44 variant isoforms containing epitope v9 and subsequently suppresses expression of urokinase-type plasminogen activator in human chondrosarcoma cells. J Biol Chem. 2002 Mar 8;277(10):8022-32.
10. Suzuki M, Kobayashi H, Tanaka Y, Hirashima Y, Kanayama N, Takei Y, Saga Y, Suzuki M, Itoh H, Terao T. Suppression of invasion and peritoneal carcinomatosis of ovarian cancer cell line by overexpression of bikunin. Int J Cancer. 2003 Apr 10;104(3):289-302.
11. Kobayashi H, Suzuki M, Kanayama N, Terao T. A soybean Kunitz trypsin inhibitor suppresses ovarian cancer cell invasion by blocking urokinase upregulation. Clin Exp Metastasis. 2004;21(2):159-66.





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