耳鳴・補聴

担当医師
山下哲範北野公一

はじめに

耳鳴とは外部からの音が存在しない状況において音を知覚する現象をいいます。米国では一般人口の5~15%に絶え間ない耳鳴を自覚しており、その比率は高齢者ほど高くなるとの報告があります。さらに、人口の約1~3%の人が耳鳴の苦痛を感じ、日常生活に何らかの苦痛をきたしているといわれております。耳鳴を苦痛であると感じている患者は、ストレスの多い現在社会においては増加傾向にあります。しかし、現在の医学においても、耳鳴の発生機序はあきらかされておらず、慢性化したものに対する根治的治療はいまだ確立されていないため、現存の治療は対症療法の域を脱していません。とはいえ、根治的治療がないからといって治療はあきらめるしかないのではありません。現在は医療の進歩とともに耳鳴音響療法が経時的に効果をあげており、全国的に普及が進んできています。当科においても、耳鳴再訓練療法(tinnitus retraining therapy:TRT)や補聴器を用いた音響療法等を積極的に取り入れ、耳鳴患者個々の状態に適した治療法を選択することで治療の効果を上げてきております。

対象患者

  • 急性期から慢性期までの耳鳴でお困りになっている患者さん
  • 重症例で近医にて内服加療を数か月間行うも改善せず、音響療法を希望する患者さん
  • 小児から高齢者の耳鳴

他の疾患に付随した耳鳴(突発性難聴に伴うもの等)は原疾患の治療が優先になります

当科で行っている検査

  • 問診
  • 画像検査(CT/MRI:腫瘍性・血管性病変の有無)
  • 聴覚検査
    • 純音聴力検査(難聴のtype鑑別や聴力評価)
    • 連続周波数自記オージオメトリ(急墜型難聴やdip型感音難聴の検出)
    • 語音聴力検査(言葉の聞き取りと後迷路性難聴の評価)
    • 耳音響放射OAE(内耳機能評価)
  • 耳鳴検査
    • ピッチマッチ検査(耳鳴の周波数(ピッチ)を推定する)
    • ラウドネスバランス検査(耳鳴の大きさを推定する検査)
    • マスキング検査

当科における耳鳴治療の流れ

耳鳴患者への説明風景

まず当科初診日(月・水・金)に紹介状持参で一般外来に受診ください。当院は特定機能病院であるため、紹介状持参での受診が必要になります。また、地域の基幹病院でもあり、予約患者様も多く、初診患者様は診察まで長時間お待ちいただくことがあります。可能であればかかりつけの耳鼻科クリニックより当院地域連携室を通して初診の診察予約をお取りください。慢性耳鳴の患者様は水曜日の午後から耳鳴担当医山下の予約をお取りいただくことも可能です。

初診時に問診・診察を一般外来で行います。一般外来担当医にて耳鳴検査(予約検査)を行った後耳鳴担当医である山下の診察を受診するか、耳鳴の発生の仕組みの説明と一般外来での加療follow upとなるかの判断をさせていただきます。耳鳴音響療法の外来は第2・第4水曜日の午後からです(完全予約制)が、耳鳴音響療法希望の患者様もまずは月・水曜日の山下の診察にて再度診察とVAS・THI測定等を行い音響療法の適応の判断をさせていただきます。軽症の耳鳴患者さんには耳鳴のメカニズムの説明を行った後、家庭での音環境の整備、自然環境音などを用いた音響療法を行うように指導しております。中等度から重症の耳鳴であり、補聴器やサウンドジェネレーター(雑音発生装置)の適応と判断させていただいた患者は耳鳴音響療法外来や補聴器fittingを行い治療開始とさせていただいております。当院における一般的な耳鳴治療の流れと実際の治療内容について図1・図2に提示いたします。

図1:当科における耳鳴治療の流れ

図2:当科における耳鳴治療内容

耳鳴検査結果

平成28年1月から平成30年3月末までに耳鳴を主訴に当科を受診し、耳鳴担当医により耳鳴の説明を行った患者は105例(男性55例・女性50例)であった。耳鳴ピッチマッチ検査結果と耳鳴の自覚的表現の問診結果を下記に示します(図3,4)同様に高周波領域である8000Hzのピッチを自覚する患者が多く、自覚的ピッチが高周波数領域である患者にキーンという音を自覚されることが多い結果を示しました。

図3:ピッチマッチ

図4:ピッチマッチと耳鳴の自覚的表現

研究内容

骨導超音波を用いた耳鳴マスカー療法開発

我々はこれまでに超音波領域の音が骨導経由であれば重度難聴者でも知覚できることを証明し、骨導超音波の知覚特性について多くの報告を行ってきた。これまでの研究から骨導超音波は特に高周波可聴音を強力にマスキングすることがわかっており、この骨導超音波の特性を考慮すると、骨導超音波を耳鳴のマスカー音として用いることにより、従来使用されている可聴音の帯域雑音を用いた耳鳴マスカー療法よりも効果的な耳鳴治療が可能であることが予測される。1999年にMeikleらによって、耳鳴治療における骨導超音波による耳鳴マスキングが報告されており(Meikle et al.,1999)、米国ではすでに骨導超音波を利用した耳鳴治療器がU.S. Food and Drug Administration(FDA)の承認を得て販売されている。しかし、これまでに骨導超音波の耳鳴に対する抑制効果について検討した報告はほとんどないことから、われわれは耳鳴マスカーとしての骨導超音波音の有用性を検討する実験を行っている。

耳鳴患者22名(男性9名、女性13名、平均57.5±12.5歳)を対象とした。気導可聴音のマスカー音として4kHz帯域雑音と白色雑音の主種類の音源を使用した。骨導超音波のマスカー音は30kHz純音(正弦波)を使用した。先ず各マスカー音について閾値を測定し、次に耳鳴を完全にマスキングできる最小音圧(Minimum Masking Level:MML)を求めた。呈示音圧は可聴音の場合、耳鳴が抑制される最小の音圧であるMMLより10dB大きい音を呈示した。呈示時間は1分間とし、その後に生じる RI出現率とRI持続時間を測定した。骨導超音波のラウドネスは気導可聴音の約1/3であること・骨導超音波は強力に高周波可聴音をマスキングすることを考慮し、30kHz骨導超音波音のマスカー音はMMLより3dB大きい音を呈示し測定した。気導音の4kHz帯域雑音と白色雑音は、ヘッドホンを通じて、各被験者の耳鳴耳側に呈示した。30kHz骨導超音波は、耳鳴耳の乳突部に装着した骨導振動子から呈示した。各マスカー音の呈示終了後から耳鳴の大きさが消失、あるいは減弱する場合、RI陽性とした。また、マスキング後に耳鳴の大きさが不変、あるいは増強する場合はRI陰性とした。各マスカー音の呈示終了後から耳鳴の消失あるいは減弱する時間の持続(RI持続時間)を同時に測定した。すべてのRI検査はVernonの方法に基づき行った(図1)。

気導音4kHz帯域雑音と白色雑音のRI陽性率はそれぞれ81.8%と77.3%であった。一方超音波30kHz音におけるRI陽性率は90.9%であった(図4)。骨導超音波でのRI持続時間は平均75.3秒であったのに対して、可聴音の4kHz帯域雑音と白色雑音ではそれぞれ38.0dBと45.8dBであった。Kruskal-Wallis検定を行うことで、超音波音30kHz呈示が可聴音に比べて有意にRI出現時間が長くなることが示された(p<0.05)。

耳鳴患者における骨導超音波・気導可聴音でのRIの比較をおこなったところ、可聴音と同様に骨導超音波においても安定してRIを得ることができた。またRI陽性率は超音波呈示のほうが高く、RI持続時間でも、骨導超音波の方が、可聴音よりも長く、骨導超音波呈示のほうが、耳鳴マスキングに効果的であることが示唆された。骨導超音波を耳鳴マスカー音として用いることにより、従来使用されている可聴音の帯域雑音を用いた耳鳴マスカー療法よりも効果的な耳鳴治療の可能性を示している。

図3

図4

小動物による耳鳴動物モデル作成の試み

耳鳴の新規治療法、特に薬物療法の開発に向けて小動物を用いた耳鳴動物モデルの確立は不可欠である。近代医学では多くの疾患が動物モデルを用いた基礎研究により解明され、その治療法が開発されてきた。初期の耳鳴動物モデルは音響外傷やアミノグリコシド内耳障害を利用した難聴の基礎研究結果から耳鳴の関与を推測してきた。しかし耳鳴動物モデルでは、その動物が外部音なしで音を感じた時にとる行動を明確に明確に把握する必要があり、これまでにも多くの研究者から引水逃避実験や、のぼり棒逃避実験等が提案されてきたがいずれも永続的に使用されているとまでは言えない状況である。そこで我々のグループでは防音室内に音刺激装置と足底電気刺激装置を併せ持つ逃避実験装置を設け、サリチル酸による耳鳴行動実験系を2010年に報告した(Kizawa et al.,2010).現在我々はKizawaらの実験系を改良・最適化することで(図5)サリチル酸耳鳴行動実験モデルを確立することで、様々な薬剤の耳鳴に対する効果を検討できる体制を整え、新薬や既存の薬物治療の評価を行うことを検討している。

図5:逃避行動実験による耳鳴動物実験モデル