肝臓

はじめに

肝臓疾患,特に肝細胞がん,大腸がん肝転移に対する手術を中心とした集学的治療を行っています.肝細胞がんに対しては,肝切除を中心に,ラジオ波焼灼療法や肝動脈塞栓術,化学療法など,腫瘍の進行度や肝機能に応じて治療方針を決定しています.さらに,一般病院では治療が困難な進行肝がんや再発肝がんに対しても積極的に切除を行っています.また,大腸がん肝転移に対しては,唯一の根治的治療である外科的切除を原則としています.近年,化学療法が非常に進歩しました.したがって,手術と化学療法をうまく組み合わせて,個々の患者様に最適な治療法を選択しなければなりません.大腸がん肝転移の手術適応,手術のタイミング等の判断は難しく,それ故,肝臓専門施設での治療をおすすめいたします.

肝臓の外科手術は,高度な技術が必要とされます.そのため,肝臓の外科治療に関しては,経験豊富な専門施設での治療成績が良好であることが示されています.当科は,多数の高難度肝胆膵手術を行っている病院が認定される日本肝胆膵外科学会高度技能医修練施設Aであり,高度技能指導医,高度技能専門医が在籍する肝臓外科専門施設として,患者さんに最高水準の医療を提供すべく日々の診療にあたっています.

対象となる疾患

  • 肝細胞がん,肝内胆管がん,大腸がん肝転移,肝門部領域胆管がんなど

奈良県立医科大学
消化器・総合外科教室の特色

  • 腹腔鏡下肝切除

    低侵襲治療である腹腔鏡下肝切除を2012年に導入以降,様々な改良を重ねつつ,現在では開腹手術と同等の安全性と確実性を確保するに至っています.当科においては,厳密な適応基準のもと,最近では,約70%の患者さんに腹腔鏡下肝切除を行っています.

  • 肝細胞がんに対する集学的治療

    肝臓外科,肝臓内科,放射線科が一体となり,“チーム奈良医大”として,総力をあげて,治療にあたっています.治療方針の決定には,合同でカンファレンスを行い,最適な治療方針を協議しています.肝臓外科,肝臓内科,放射線科ともに国内から高い評価を得ており,治療成績は全国トップクラスです.

  • 大腸がん肝転移に対する集学的治療

    大腸がん肝転移は,遠隔転移であるものの,治療により治癒が期待できる疾患です.ただし,治療方法の選択や治療のタイミングが難しく,専門施設での治療が望ましいと考えます.奈良県立医科大学附属病院では,肝臓外科,大腸外科,消化器内科,放射線科が合同で,治療方針を決定しており,良好な成績をあげています.

肝細胞がんについて

肝臓にできるがんは肝臓から発生した癌(原発性肝がん)と他臓器から転移したがん(転移性肝がん)があります.肝細胞がんは原発性肝がんの90%以上を占めるがんです.B型肝炎やC型肝炎,アルコール性肝炎などの慢性肝疾患を持つ方に多く発生しますが,全く正常な肝臓の方に発生することもあります.

肝細胞がんの治療法は大きくわけると①外科切除(後述),②ラジオ波焼灼術(後述),③肝動脈塞栓術(後述)の3つが主要なものです.治療法は,がんの進行度と肝機能に応じて決定します.肝がん診療ガイドラインでは以下の表に治療方法が記載されています.当院では原則として,このガイドラインに沿って治療を行っています.

1肝切除

がんを周囲の組織を含めて切除するので,治療した場所からの再発(局所再発)の可能性は低いです.また,焼灼療法が困難な大きな肝細胞がんや、他臓器や血管などに近接している肝細胞がんに対しても治療ができます.また,肝機能が良好であれば肝細胞がんが転移しているかもしれない肝臓の領域も腫瘍と併せて切除することができます(系統的切除).奈良県立医科大学附属病院は,他院から紹介されてくる患者様も多く,前医では切除不能と診断された大型肝細胞がんや血管合併切除を必要とするような進行肝細胞がんに対しても,積極的に切除を行っています.ステージ別の5年生存率は,Stage I 92.3%,Stage II 78.1%,Stage III 60.8%,Stage IV 20.4%であり,全国平均Stage I 73.0%,Stage II 59.7%,Stage III 39.5%,Stage IV16.5%と比較しても良好です.早期がんから進行がんに至るまで,全てのステージで全国平均を上回っています.これは,当科における肝切除の妥当性,さらには肝臓内科,放射線科を含むチーム奈良医大の成果であると自負しています.

初回手術ののち,再発された場合には,積極的に肝切除を行っています.肝がん診療ガイドラインでは,再発肝細胞がんの標準治療は肝切除であると記載されています.また,全身状態や肝機能から肝切除が難しい場合においても,肝臓内科,放射線科と十分に協議を行い,ラジオ波焼灼術や動脈塞栓術などの治療を行うことが可能であることが多いです.

系統的肝切除
奈良県立医科大学消化器・総合外科教室の肝細胞がん治療成績

2ラジオ波焼灼術

局所麻酔にて施行可能です.体外からエコーを見ながら特殊な針を肝細胞がんに刺し,電気エネルギーで肝細胞がんを熱で焼いてしまう治療法です.手術と比較して体への負担が少なく,塞栓療法よりも治療部位に対する治療効果が高いことが特徴です.

3肝動脈塞栓療法

局所麻酔にて施行可能です.足の付け根の血管からカテーテルを肝臓内まで進め,がんを養う動脈に詰め物をしてがんへの血流を遮断する治療です.腫瘍個数が多い場合でも施行できます.また,大きい肝細胞がんで手術ができない肝機能の場合に行うこともできます.カテーテルから肝細胞がんに抗がん剤を注入する場合もあります.奈良県立医科大学附属病院放射線科は,全国的にみても動脈塞栓術の症例数は多く,治療成績も良好です.

大腸がん肝転移について

大腸癌は肝臓に転移を来す場合が多いです.一般に,胃がん,膵がん,肺がん,乳がんなどが肝臓に転移した場合には,遠隔転移と考えられ,切除の対象とはならないことがほとんどですが,大腸がん肝転移に関しては,肝転移部位を全て切除できた場合には治癒する可能性が十分にあります.大腸がん治療ガイドラインには,「肝切除は,選択された症例に対しては,他の治療法と比較研究することが許容し難いほどの良好な成績が示されている」と記載されています.大腸がん肝転移に対しては,肝切除が唯一の根治的治療法なのです.奈良県立医科大学附属病院では一貫して「根治切除可能な肝転移には肝切除を行うべきである」という方針をとっており,多数の手術経験を有しています.これまでの当科のデータでは,大腸がん肝転移に対して,肝切除を行った場合と,行わなかった場合では,明らかに肝切除を行った場合の生存率が良好でした.当科においては,常に最大限切除を念頭においた治療方針をとっています.また,切除不能と判断されていても,種々の治療の組み合わせにより,切除可能となることもありますので,是非ご相談ください.

当科における大腸がん肝転移の方針としては,①切除可能例に対しては,外科的切除,②切除不能例(肝容積65%以上の切除が予想される場合等)においては,化学療法を先行し切除可能と判断されれば切除,③術後補助化学療法は可能な限り全例に行う,④残肝再発が認められた場合にも切除可能であれば可能な限り切除,としています.このように切除を中心とした集学的治療を行うことで,大腸がん肝転移を根治させ得ると考えています.大腸がん肝転移の治療に関わる医師は,肝臓外科医,大腸外科医,腫瘍内科医,放射線科医であり,肝細胞がん治療と同じく,これら多数の科が一致協力して治療方針を決定しています.大腸がん肝転移の治療はこうした多数の科が協力して治療に望む必要があるため,患者さんには専門施設での治療をおすすめいたします.また,肝切除後に再発された場合には,再肝切除を積極的に行っており,長期生存も十分に期待出来ると考えています.

奈良県立医科大学消化器・総合外科教室の大腸がん肝転移治療成績
大腸癌がん肝転移再肝切除後長期成績
多発大腸がん肝転移切除例(17ヶ所)

腹腔鏡下肝切除

腹腔鏡手術の特徴は,開腹手術に比べて創部が小さく,術後合併症が少ないため,術後の回復が早いとされています.腹腔鏡下肝切除は,認定施設でのみ行うことが許可されており,奈良県立医科大学附属病院においては,2012年4月1日より保険認定施設として認可され,慎重に適応拡大を行ってきました.腹腔鏡手術を正確に行うには,技術の向上と,最新テクノロジーの導入が不可欠です.術前シミュレーションや術中ナビゲーション,有効な手術器具を駆使して,手術を行っています.腹腔鏡下肝切除導入以降,様々な改良を重ねつつ,現在では開腹手術と同等の安全性と確実性を確保するに至っています.また2016年4月の保険収載の改定により,ほぼ全ての肝切除が腹腔鏡で施行可能となりました.当科においては,厳密な適応基準のもと,最近では肝切除が必要な患者さんのうち,約70%の方に腹腔鏡下肝切除を行っています.

シミュレーションとナビゲーションを駆使した腹腔鏡下肝切除

手術件数

手術実績についてはこちらをご覧ください.

臨床試験について

  • 「症例登録システムを用いた腹腔鏡下肝切除術の安全性に関する検討」
  • 「ICG蛍光法を用いた、術中赤外線光観察下における肝リンパ流の調査」
  • 「腹腔鏡下肝切除におけるICG蛍光法を用いた術中ナビゲーションに関する研究」
  • 「肝切除症例における血漿ADAMTS13活性の動態とその臨床的意義」
  • 「大腸癌肝転移に対する手術先行治療の予後因子に関する検討」
  • 「肝細胞癌に対する治療成績の後方視的検討」
  • 「大腸癌肝転移におけるHVEM発現と予後との関連についての検討」
  • 「肝切除後の予防的ドレーン抜去基準の妥当性に関する検討」
  • 「肝切除への術後回復促進クリニカルパス導入に対する後方視的検討」
  • 「肝切除がフレイルに及ほす影響に関する多施設共同研究」
  • 「ヒト肝細胞癌における癌精巣抗原発現の臨床的意義の検討」
  • 「再肝切除のリスク因子解析」