小児難聴

担当医師
森本千裕大塚進太郎

子どもの難聴について

生まれつき両耳に中等度以上の難聴をもつ子どもは、約1000人に1人と高い頻度で生まれてきます。

難聴は目には見えませんが、子どもの難聴は放っておくと、ことばの発達が遅れたり、学習やコミュニケーションなどの社会性にも影響をおよぼします。そのため子どもの難聴は早期に発見し、治療を行ったり補聴器を装用して療育を開始することが重要です。

研究が進むにつれ、先天性難聴の原因の6割近くが「遺伝性難聴」であることが判明しています。当科では難聴の原因となる遺伝子変異を調べる「難聴の遺伝学的検査」を行うことが可能です。(後述)

小児難聴外来ではこのようなお子様を診療しています

  • 新生児聴覚スクリーニングで片耳または両耳『要再検査(Refer)』となった
  • 1歳半、3歳健康診査などで耳鼻科受診を勧められた
  • 音への反応が乏しい、または聞き返しが多い
  • 言葉が遅い、または言葉の数が少ない
  • 耳介奇形や外耳道閉鎖症、狭窄症がある
  • 難聴が合併しやすい病気がある(口蓋裂やダウン症など)
  • 中耳炎を繰り返す、または長期間治らない
  • 家族性難聴や遺伝性難聴が疑われる
  • 先天性サイトメガロウイルス感染症が疑われる

など

難聴以外にこんな病気も・・・

小児の睡眠時無呼吸症候群、感染を繰り返す先天性耳瘻孔、構音障害や摂食障害をきたす舌小帯短縮症、喉頭軟化症や声帯麻痺、上咽頭狭窄

などの疾患にも対応しています。

お子様の症状で気になることがあれば、気軽にご相談ください。

難聴を主訴に受診されたお子様の流れ

各種検査

聴力検査

当科では耳鼻咽喉科医、言語聴覚士が中心となり、お子様の年齢や発達に合わせた聴力診断を行っています。当科で行っている聴力検査をご紹介します。聴力検査には、自覚的聴力検査と他覚的聴力検査の2種類があります。

自覚的聴力検査
聴性行動反応検査(BOA)

音場で種々の音刺激に対する乳幼児の反応を観察することにより聴覚閾値を評価する検査法です。以下のようなおもちゃや、指こすりやティッシュなどの音を使用します。

条件詮索反応聴力検査(COR)

乳幼児の音を探す反応を光刺激によって強化し条件付けを行い、音場で聴力を測定する検査法です。お子様の好む画像を用意しています。

ピープショウテスト

音がでているときにだけスイッチを押すと、報酬としてのぞき窓の中にお子様にとって楽しい景色が見られるという条件付けを行い、聴力を測定する検査法です。

標準純音聴力検査

年齢が大きくなると、聴力レベルと難聴の種類(伝音難聴や感音難聴)を知ることのできる、純音聴力検査を行います。

気導聴力は、耳にヘッドホンをあてて鼓膜を通して音をあたえ、聴力レベルを測定します。骨導聴力は、耳後部の側頭骨に骨導端子を当て、骨の振動を通して直接内耳に音をあたえ、聴力レベルを測定します。以下のようなオージオグラムに結果を記載します。

語音聴力検査

語音聴力検査は、検査音として単音節「ア」、「カ」とか数字などの言語音を用いて、聞き取りと聞き分けの能力を測定する目的でおこなう聴力検査です。

補聴器適合検査

補聴器がお子様に有効であるかを評価する検査です。この検査を目安に、補聴器を調整します。補聴器適合検査では、以下のような項目を行います。

  1. 音場で補聴器の利得(ファンクショナルゲイン)を測定
  2. 環境騒音の許容を指標とした適合評価
  3. 音場で語音明瞭度曲線の作成
  4. 質問紙による適合評価
他覚的聴力検査
聴性脳幹反応(Auditory brainstem response; ABR)

音刺激に対して現れる脳波を記録、分析し聴力の閾値や潜時を調べます。脳の障害部位の特定に役立つこともあります。睡眠状態で行います。

自動聴性脳幹反応検査(自動ABR)

新生児聴覚スクリーニング用の聴性脳幹反応検査です。結果はpassあるいはreferと判定されます。刺激音圧は通常35 dB nHLを用います。


(アトムメディカル株式会社提供)

聴性定常反応(Auditory steady-state response; ASSR)

音刺激に対する脳波の反応を測定し、低音を含めた広い範囲の周波数の聴力を測定できることが特徴で、ABRだけでは分からない情報が得られることがあります。睡眠状態で行います。

耳音響放射(Otoacoustic emission; OAE)

中耳伝音系を介した音響反応を利用した検査です。外耳道にプローブを挿入して音刺激を与えると、刺激に対して内耳から発生する微弱な反応が中耳・鼓膜を経て外耳道に放射されるのを、マイクロフォンによって検出します。

ティンパノメトリー

鼓膜の動きの程度を調べる検査で、中耳の状態を調べることが出来ます。結果から以下のような情報が得られます。
A型: 正常で、中耳の気圧が外の気圧と同じ。
C型: 中耳の気圧の調節が悪く、低圧になっている。
B型: 中耳に液が貯留している可能性がある。

画像検査

難聴の原因を調べるために頭部や側頭部のCTやMRIを行います。検査中にじっと出来ない小さなお子様は、眠剤を使用し睡眠状態で撮影します。CTやMRIを撮ることで鼓膜以降の中耳、内耳、蝸牛神経などを観察することが出来ます。

人工内耳や鼓室形成術などの中耳・内耳の手術が必要な場合は、術前に画像検査を実施します。

発達検査

ことばの発達を確認するために、遠城寺式・乳幼児分析的発達検査を行います。小児科に受診していただき、新版K式発達検査などより精密な発達評価を受けていただくこともあります。

Infant-Toddler Meaningful Auditory Integration Scale(IT-MAIS)で補聴器や人工内耳装用前後の聴覚発達の確認を行っています。

難聴の遺伝学的検査

遺伝診療領域の目覚ましい発展により、先天性難聴の50%以上に難聴の遺伝子変異が関与していることが判明しています(下図)。難聴の遺伝子変異は先天性のみならず遅発性難聴にも関与します。現在までに先天性・遅発性難聴に関与する難聴の遺伝子が100種類ほど報告されています。そのうち2020年3月現在は19遺伝子の154変異について保険診療で検査を行うことが可能です。

奈良県立医科大学耳鼻咽喉・頭頸部外科では遺伝カウンセリング外来で「難聴の遺伝学的検査」を行っています。また信州大学耳鼻咽喉科との共同研究「難聴の遺伝子解析と臨床応用に関する研究」を2015年に開始しました。

難聴の遺伝子解析により難聴の原因が特定できる可能性があります。この難聴の遺伝学的検査は小児のみならず、成人の方も対象となります。

当科における難聴の遺伝学的検査についてのご案内のページを参照下さい

4歳時の難聴の原因Morton CC, et al. N Engl J Med. 2006 Newborn hearing screening--a silent revolution. より

治療

補聴器

当科は補聴器適合検査および更生医療の指定医療機関です。担当医は日本耳鼻咽喉科学会の補聴器相談医・補聴器適合認定医の認定を受けています。

両耳難聴が持続する場合には、早期に補聴器装用を開始します。小児補聴器外来では、補聴器適合検査を行い補聴器の評価を行います。小さなお子様の補聴器は、特別な療育が必要になるため奈良県立ろう学校の早期教育部や幼稚部の先生と連携を取りながら進めています。奈良県立ろう学校ではきこえとことばについての教育相談も行っています。

奈良県立ろう学校のページへ

奈良県には軽度・中等度難聴児(18歳未満)を対象とした補聴器購入助成制度があり、身体障害者手帳を持たないお子様でも、この制度を利用して補聴器を購入することが出来ます。

軟骨伝導補聴器について

当科では2017年11月に販売が開始された新しい補聴器「軟骨伝導補聴器」を取り扱っています。軟骨伝導補聴器は当科で着想・開発に成功した補聴器です。外耳道閉鎖症や耳漏などで通常の気導補聴器が装用できない場合に適応となります。小児期からの装用が可能ですので、希望される場合はご相談ください。

軟骨伝導補聴器のページへ

保存的治療

中耳炎などに対する投薬や通気治療などの保存的治療は近隣の耳鼻咽喉科医院の先生方と協力しながら行っています。先天性サイトメガロウイルス感染症による難聴に対しては小児科医と相談のうえ積極的に治療を行っています。

手術

保存的治療で改善しない難治性の中耳炎に対しては、鼓膜切開や鼓膜換気チューブ留置術などの外科的な治療を行います。鼓膜穿孔、真珠腫性中耳炎、耳小骨奇形などに対する鼓室形成術なども行っています。

難聴以外の手術

お子様の睡眠中にときどき呼吸がとまる、日中もぼーっとしているなどの症状は睡眠時無呼吸症候群かもしれません。検査を行い、閉塞性睡眠時無呼吸症候群が認められるお子さんにはアデノイド切除術、扁桃摘出術を行っています。そのほか先天性耳瘻管摘出術、舌小帯形成術なども行っています。

人工内耳

両重度難聴のお子様は人工内耳埋め込み手術の適応になります。当科では小児の人工内耳埋め込み手術を2015年より開始いたしました。奈良県下では小児人工内耳の取り扱いは唯一、当科だけとなります。

すべてのかたが人工内耳手術の対象になるわけではありません。日本耳鼻咽喉科学会で定める小児人工内耳の適応基準(2014年)をご参照ください。

小児人工内耳診療の流れ

術前には人工内耳が有効かどうかの検討を聴力検査、画像検査、発達検査、難聴の遺伝子検査などを通して慎重に行います。手術が決定したら、担当の言語聴覚士から人工内耳機器の詳しい説明があります。

人工内耳埋め込み手術は全身麻酔で行います。入院期間は約1週間です。

埋め込みから2から4週間後に、初めて人工内耳のプログラムを行います(音入れ)。ここで初めて人工内耳を通した音を聞くことになります。

音入れ後、定期的・継続的に外来で創部の確認、人工内耳の調整や聴力検査を行い、人工内耳の有効性を確認します。小児の人工内耳を調整するためのお部屋を用意しており、お子様がリラックスできる環境を心がけています。

ハビリテーションやリハビリテーションといった言語訓練は奈良県立ろう学校で行います。小学校の通常学級に進学された場合には、奈良県総合リハビリテーションセンターで言語訓練を行うこともあります。