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 vol9 中島由翔先生(血栓止血先端医学 助教)

 Research Story, vol.9
奈良県立医科大学 血栓止血先端医学 助教 中島由翔先生
【Blood Advances】 2022年 11月,2022 Nov 2:bloodadvances.2022008187.

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論文タイトル:
 Factor VIII mutated with Lys1813Ala within the factor IXa-binding region enhances intrinsic coagulation potential.

 血液凝固第VIII因子の中にある第IXa因子との結合領域内の1813番目リジンにアラニン変異が入ることで内在性凝固能が上昇する

2022年11月2日 、オープンアクセスジャーナルblood advances(IF=7.642)に中島先生の論文が掲載されました。blood advancesはアメリカ血液学会が発刊するbloodの姉妹誌です。今回は論文の内容をお伺いすると同時に、発表に至る裏話や今後の抱負などをお聞きしてきました。


 

➀ 今回の論文の骨子について専門領域外の方でも理解できるようにご紹介いただけますか。

けがをして出血するとそのうち血が固まりかさぶたになります。血が固まる反応には10種類以上のいわゆる「血液凝固因子」が必要で、このうち血液凝固第VIII因子(FVIII、VIIIはローマ数字で8を意味する)は血液凝固反応の要となる因子(Factor)です。血友病AはこのFVIIIが欠乏することにより出血症状を引き起こす病気です。重症になると、関節内や筋肉などで重篤な出血症状が見られます。また、程度にもよりますがハイハイを始めた乳児期後半から内出血などを発症する患者さんもいます。この病気の基本的な治療となるFVIIIの定期補充療法で通常の生活を送ることができます。しかし、FVIII製剤を週に3回静脈注射する必要があり、治療を受ける乳幼児や子どもはもとより親にとっても大きな負担となります。また治療を続ける中で出現するFVIIIに対する中和抗体(FVIIIインヒビター)が問題点として挙げられていました。本学奈良医大が中心となって中外製薬との共同研究で開発されたヘムライブラ(一般名エミシズマブ)により、インヒビターの有無に関わらず血友病A患者の出血頻度を減らし、患者さんのQOL(生活の質)の向上をもたらしました。ただし、ヘムライブラはFVIIIと比べると活性が15%相当(正常は70-120%程度)と言われており、激しいフィジカルコンタクトを伴うスポーツや外傷の程度が強いと出血症状を抑えきれないこともわかってきています。

 患者さんによりよいQOLを提供するため、次世代治療法の研究が進められています。その1つがFVIII遺伝子を組み込んだアデノウィルスベクターを体内に導入する遺伝子治療です。これがうまくいけば血友病A患者さんの根治的治療になり、患者さんへの負担が劇的に減ると期待されています。しかし、血友病Aの遺伝子治療において、ウィルスベクター量が多いことによる肝障害が問題となっています。機能増強型FVIIIを作製することで、肝機能障害のリスクを減らし、少量のベクター量で遺伝子導入できる様になると考えられており、私たちは機能増強型FVIIIを作製するための研究を続けてきました。今回、私たちは、野生型(変異が起こっていない型)のFVIIIと比べて2倍相当の活性を持つ機能増強型FVIII変異体を作製することに成功し、動物モデルを用いてその効果を検証できました。遺伝子治療への実現に一歩近づいた成果となります。

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中島先生

②【blood advances】に論文が掲載されることになった評価ポイントについて、ご自身はどのような分析をしておられるでしょうか。

→1つは、2倍相当の活性を持つ機能増強型FVIII変異体の作製に成功したこと、もう一つはそのアプローチのユニークさだと思います。海外の研究所でも2倍相当のFVIII活性を持つ機能増強型FVIII変異体を作製した報告はあります。ブタ、イヌ、ウシなどの動物の凝固因子はヒトFVIIIとアミノ酸配列は似ているもののその活性は数倍高いことがわかっています。今までの報告では、これらブタ、イヌ、ウシなどのアミノ酸配列を参考に、機能増強型FVIIIを作製するというのが一般的でした。奈良医大の小児科学講座ではこれまでFVIIIとその他の凝固因子の相互作用、結合部位などを研究してきており、膨大な知見が蓄積されています。今回我々は、FVIIIの機能面からアプローチすることで機能増強型FVIII変異体を作製することに成功しました。このような試みは世界初であり、機能増強型FVIIIの開発に新しい道を開いた点が評価されたのではないかと考えています。

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                        インタビューの様子

➂ 今回の研究で特に苦労されたことがあれば教えてください。

→やはり機能増強型FVIIIの作製です。正常なFVIII遺伝子に変異を加えてFVIII変異体を作製するのですが、いくつかあったアイデアを何回も試してみたのですが、ことごとくFVIIIの活性が野生型と同等もしくは下がってしまう変異体ばかりでした。FVIIIは血液凝固第IX因子(FIX、IXはローマ数字で9を意味する。)と結合することが重要な機能です。当初は、FIX との結合に主に関わっているFVIIIのA2ドメインや、FVIIIを活性化させるために最も重要な凝固因子の1つトロンビンとの結合部位等に注目して研究をしていましたが、どうしてもうまくいきません。そこで、視点をFIX との結合に関わるFVIIIのA3ドメインに変えたところ、FVIIIの機能を強化することができました。論文の査読者からもなぜA3ドメインに注目したのかと聞かれるほど、ユニークな視点からの研究となりました。これまで小児科学講座で蓄積されたデータがあったからこそ、この視点を持つことができたと思っています。今回、2倍相当のFVIII活性を持つ機能増強型FVIII変異体を作製できた時は物凄く嬉しかったことを覚えています。

 

④ この研究を始められた動機、またこの分野を専攻された経緯についてお聞かせください。

→私は小児科に入局して3年間の後期研修を終え、大学院に入学しました。その時に指導教官として研究の指導をしてくださったのが、現在小児科教授である野上恵嗣先生です。野上先生は、FVIIIを活性化させるために最も重要な凝固因子の1つトロンビンとFVIIIの関係性について長年研究されてきました。私は院生時代、野上先生の指導の下、トロンビンで効率よく活性化する機能増強型FVIIIの作製に成功しました。しかし、この機能増強型FVIIIにはいくつか問題点もありましたので、違った観点から機能増強型FVIIIを作れないかと考えたのが今回の研究のきっかけになりました。

 

⑤ 中島先生は大変多くの論文を書いておられますが、何か秘訣があるのでしょうか。

→はじめは研究者になろうとはあまり考えていませんでしたが、大学院の間研究活動に没頭するような時期があってもいいのではないかと思い、集中して研究活動に取り組みました。大学院2年目の時に、野上先生から論文を書いてみなさいと指導を受け、多くの論文をよく読んで勉強し、仕上げたところ、野上先生からも良い評価をいただけました。これが一つの自信になりました。野上先生はお忙しいにもかかわらずデータを持っていけばいつでも必ず見てくれました。先生のお姿を見ていて研究者として活動していくには論文を効率よく書くトレーニングが必要だと感じ、大学院の4年間で7報の論文を書くことができました。

 

⑥ 日々の診察、研究活動の中で、問題意識を持っておられることがあればご紹介ください。

→研修の時にいろいろな臨床科を回るなかで、小児科を選びました。患者の子供たちから手紙をもらうこともあり喜びが多いと感じています。また、奈良医大の小児科医局には多くの先生が入局して下さっています。ただ、血友病の研究を志す方は少ないのでもう少し増えてもらえるとありがたいと思っています。 

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                インタビューの様子

⑦ 今後の先生の目標についてお伺いします。研究内容等について差し支えない範囲でお話いただけるでしょうか。

→2倍相当の活性を持つ機能増強型FVIII変異体の作製に成功したことは大変嬉しいことですが、もう少し高い活性をもつFVIII変異体の作製を目標にしています。血友病はその原因の違いによって、血友病Aに加えFIXの欠乏が原因の血友病Bがあります。血友病Bでは、野生型と比べて8~9倍相当の活性をもつFIX Paduaと呼ばれる機能増強型FIXが存在します。FIX Paduaのおかげで、血友病Bの遺伝子治療に関する臨床研究で顕著な進展が見られています。FIX Paduaのように8~9倍活性の高い機能増強型FVIII変異体が作製できれば、血友病Aの遺伝子治療に大きく近づくことができるのではないかと考えています。

 

⑧ 最後に、本研究を進めるにあたって多くの方々のご協力があったと思いますが、特に感謝をお伝えしたい方があればお聞かせください。

→現在の小児科学の教授であり大学院生時代から研究を直接ご指導頂いている野上恵嗣教授をはじめ、入局当時の教授で現在も血栓止血研究センター長として血友病研究グループを率いている嶋緑倫医学部長、小児科学教室の先生方、研究助手の方々、そしていつも支えてくれている家族にこの場を借りて深く感謝申し上げます。

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                          実験棟で撮影

以上

<インタビュー後記>

→「私でいいのですか?」とインタビューを受けられる事を謙遜されます。子供さんのことを思い小児科の道に進まれた心優しさあふれる方と感じました。一方で大学院をきっかけとして研究者としての実力を開花されてバリバリと研究活動に取り組んでおられます。大学院生の4年間で7報もの論文を発表したことについてお伺いすると、「小児科学教室では大学院に在学中は研究に集中できる環境が整っているから」と、さらりとおっしゃいます。しかし、だからといって7報の論文を発表することはかなり難しいことです。当初、大学院卒業後は市中病院で小児科医として働くお考えだったということですが、これだけ研究力が高い先生を周りは放っておくはずがなく、事実、大学院卒業後は教員として、研究室の若手を指導する立場に就かれています。本学小児科発のヘムライブラは血友病患者に大きな福音をもたらしましたが、中島先生が研究している機能強化型FVIIIを使った遺伝子治療が近い将来、患者のQOLの向上に新たな福音をもたらすことでしょう。これからも子供さんに慕われつつ、医学の発展に貢献する大きな成果をどんどん挙げていかれることを期待しています。

(インタビューアー:研究力向上支援センター 特命准教授・URA 上村陽一郎  
 URA  垣脇成光 )

 

【Blood Advances】:アメリカ血液学会が発刊するトップクラスジャーナルbloodの姉妹誌:オープンアクセスジャーナル (外部サイトへリンク)

【中島先生の論文】:【Blood Advances】  2022 Nov 2:bloodadvances.2022008187. (外部サイトへリンク)

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