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精神療法を学ぶプログラム

はじめに

現在、生物学的な考えが精神医学界の中心になって久しくなりましたが、精神療法を学ぶ意義はどのような点にあるのでしょうか。精神療法においては各種の学派(認知行動療法、臨床行動分析、精神力動的精神療法など)が存在していますが、それぞれが想定している人間観、哲学は異なります。各派の成り立ちを概観することは人間を深く理解することにつながると考えます。

また、精神科臨床において適切な診断とそれに基づく治療が必要であることはいうまでもなく、エビデンスのある治療の選択肢の一つとして精神療法の認知行動療法があげられることが多いです。しかしながら、日常臨床において専門的な精神療法をおこなう以前に支持的精神療法が重要であることを否定する治療者はいないと思われます。

精神療法的な関わりについては、指導医師の診察に陪席することで学ぶことが一般的であり、精神療法にまつわる知識を系統的に学ぶ機会は多くありません。

よって、奈良医大精神科の研修においては、支持的精神療法をはじめとした精神療法面接における一般的、基礎的な項目をまず総合的に学ぶ機会を作り、その上で専門的な精神療法(認知行動療法など)を実施する土台を作っていきたいと考えています。

准教授 牧之段 学

講師

林 竜也(林こころのクリニック)

実施日時、方法

日時:原則第2木曜日 19時から21時

期間:4月から翌年3月までの1年間

実施方法:約1時間程度の座学の後質疑応答を行い、実際の臨床場面においての疑問点などについて議論する。参考文献の中で下線をつけたものについては事前に読了が望ましい。

精神療法において目指すべき水準

  • 面接のための技術を身につける(基本的接遇など)。
  • 患者の訴えの背景にあるものを想像し、相手の表情の変化などに注意を払いながら面接を実施することができる。
  • 適切な診断、見立てのもとで自覚的に介入を行なうことができる。
  • 面接場面において、自分の心の動きを観察し言語化でき、また患者との間で起きている現象について理解し説明できる。
  • 面接を重ねる中で起こっていく変化について適切にモニタリングすることができる。
  • 共感、支持、指示、説明など適切なタイミングで介入を行なうことにより治療関係を構築、維持することができる。

などがあげられる。今回の研修においてすべての水準を満たすことは困難であるが、上記のようなことを土台として認知行動療法などの専門的な精神療法が行えると考えられる。また系統だった精神療法を行わずとも、様々な精神療法の基本を理解し、それぞれの精神療法の伝統が有する前提を知ることで症状を深く理解でき、精神科臨床の充実につながると思われる。今回の研修を通して基本的な知識を身につける機会にしたいと考えている。

実施内容

2023年4月13日

精神療法をするとはどういうことか 初診面接を中心に
初めて患者と出会い精神療法をするのは初診から始まる。見立てから始まり介入を考えていくのは薬物療法においても同様であるが、この見立ての時点ですでに何らかの精神療法的な視点が導入されていると思われる。当日は初診での見立ての中での精神療法的な要素について概説する。

参考文献:

  • エキスパートに学ぶ精神科初診面接 日本精神神経学会精神療法委員会 編集 医学書院
  • 臨床医のための精神科面接の基本 日本精神神経学会精神療法委員会 編集 新興医学出版社
  • 初回面接-出会いの見立てと組み立て方 メアリー J.ピーブルズ (著) 金剛出版
2023年5月11日

支持することとは
精神療法の基本であり、自身が主に実施している精神療法としては支持的精神療法があげられることが多いと思われる。しかし単に支持的であるということと、支持的表出的連続体として表現される中での支持的精神療法には違いがある。また支持的であるということがどういうことかを考える上においても、ロジャーズにより創始されたクライエント中心療法の基本も理解しておくことは有用であると考える。当日は支持的精神療法の紹介とロジャーズの実践について概説する。

参考文献:

  • 動画で学ぶ支持的精神療法入門 Winston A /Rosenthal RN /Pinsker H 原著  大野 裕/堀越 勝/中野 有美 監訳 医学書院
  • 精神療法の基礎と展開 「受容~共感~一致」を実践するために 原田 誠一 (著) 金剛出版
  • ロジャーズの中核三条件 一致:カウンセリングの本質を考える 1 本山 智敬 (著, 編集), 坂中 正義 (著, 編集), 三國 牧子 (著, 編集), 村山 正治 (監修) 創元社
  • ロジャーズの中核三条件 受容:無条件の積極的関心:カウンセリングの本質を考える 2 坂中 正義 (著), 三國 牧子 (著), 本山 智敬 (著), 飯長 喜一郎 (監修) 創元社
  • ロジャーズの中核三条件 共感的理解:カウンセリングの本質を考える 3 三國 牧子 (著), 本山 智敬 (著), 坂中 正義 (著), 野島 一彦 (監修) 創元社
2023年6月8日

動機づけるとは
精神科臨床に留まらず、身体疾患などへの介入においても変化への動機づけを図ることの重要性はいうまでもないと思われる。特に精神科臨床の分野においては、依存、嗜癖への介入の中で動機づけ面接法の技法は根幹になるものであり、認知行動療法などの介入を行なう際にも重要になる。その基本となる動機づけ面接法について説明する。

参考文献:

  • 医療スタッフのための 動機づけ面接法 逆引きMI学習帳 北田雅子・磯村毅 著 医歯薬出版
  • 動機づけ面接〈第3版〉上  下 ウイリアム・R・ミラー 他 (著) 星和書店
2023年7月13日

無意識に介入するとは
アメリカの精神科レジデントの研修において支持的精神療法を基盤とした上で、精神力動的精神療法、認知行動療法を習得すべきであるという考え方(Yモデル)が打ち出されているが、日本においては精神力動的精神療法の実践がされているところは少ないと思われる。また同じ力動的といっても諸学派においてその意味は異なっていると思われる。当日はフロイトの業績から現代の諸派に至るまでの流れについて概説する。

参考文献:

  • 精神力動的精神療法 基本テキスト  G.O.ギャバード 著 岩崎学術出版社
  • 精神力動的精神医学 第5版 その臨床実践 G.O.ギャバード 著 岩崎学術出版社
2023年8月17日

環境を操作するとは
ベックにより認知療法が始められるまでは、米国において主体であったのは行動療法であり、特に行動分析の文脈に属している実践であったと思われる。現在はいわゆる第三世代と言われる認知行動療法が行なわれているがその背景には行動分析から由来している技法、哲学が存在しており基本的な概念を理解していることは有用であると思われる。

参考文献:

  • はじめてまなぶ行動療法  三田村 仰 (著) 金剛出版
  • 臨床行動分析のABC ユーナス ランメロ (著), ニコラス トールネケ (著) 日本評論社
  • 臨床行動分析のすすめ方―ふだんづかいの認知行動療法 芝田 寿美男 (著) 岩崎学術出版社
2023年9月14日

認知療法
エビデンスに基づいた精神療法の代表例として認知行動療法が注目されるようになって久しい。アーロンベックによって創始された認知療法と行動療法が組み合わされパッケージ化されたものが認知行動療法であると思われる。精神症状を捉える中でいわゆる自動思考(認知)をとらえることの重要性と中心的な技法でもあるソクラテス的問答についても概説する。

参考文献:

  • ベックの認知療法 (認知行動療法の新しい潮流3)  フランク・ウィルス (著), 大野 裕 (監修) 明石書店
  • 認知行動療法トレーニングブック Jesse H. Wright 他(著)大野裕 (監修) 医学書院
2023年10月12日

行動活性化療法
7つのコラムを代表とする認知再構成法が、認知行動療法の中心であるように思われることが多いが、再構成のみが認知行動療法の介入ではない。ベック自身もうつ病の認知療法において行動療法について触れており、現在の認知行動療法においては行動活性化など種々の行動療法的技法を組み合わせ行なわれることが多い。第三世代の認知行動療法として単独でも行動活性化療法は行なわれている。

参考文献:

  • 行動活性化 (認知行動療法の新しい潮流)  ジョナサン・W・カンター 他(著)  大野 裕 監修 明石書店
  • はじめてまなぶ行動療法  三田村 仰 (著) 金剛出版
  • セラピストのための行動活性化ガイドブック:うつ病を治療する10の中核原則 クリストファー・R・マーテル 他(著)  創元社
2023年11月9日

日本発祥の精神療法(森田療法 内観療法)
日本から始まった代表的な精神療法として森田療法と内観療法がある。認知行動療法的な考えが世界的には広がっているが、日本人の心性に根ざした介入を概観しておくことも重要であると思われる。特にマインドフルネスやコンパッションなどの要素が第三世代の認知行動療法の中に取り込まれているが、ルーツをたどっていくと東洋的な思想にいきつき、森田療法の中でも強調されている要素でもある。

参考文献:

  • 未定
2023年12月14日

認知と行動をつなぐもの
第三世代といわれる認知行動療法の中でアクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)を取り上げる。ACTは機能的文脈主義に基づく介入法であり、認知の内容というよりはその機能への介入を重視している。ACTの重視する6つのコアプロセスである 今この瞬間への柔軟な注意、アクセプタンス、脱フュージョン、文脈としての自己、コミットされた行為、価値について説明する。6つのコアプロセスはヘキサフレックスとも言われるが、認知と行動を架橋している側面もある。

参考文献:

  • よくわかるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー) 明日からつかえるACT入門 ラス・ハリス (著) 星和書店
  • 幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない: マインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門 ラス ハリス (著)  筑摩書房
  • アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT) 第2版 -マインドフルネスな変化のためのプロセスと実践‐スティーブン・C・ヘイズ 他 (著) 星和書店
2024年1月11日

パーソナリティ障害への精神療法
パーソナリティ障害の診断概念自体は精神力動的な理解のなかで生まれてきたものであるが、現在において力動的、対象関係論的な理解だけではなく、認知行動療法の一つの流れである弁証法的行動療法(DBT)などによる理解、介入も行なわれるようになっている。また愛着関係、発達を背景とした問題に注目するメンタライゼーションや心的外傷などに着目する介入も行なわれるようになっている。当日はパーソナリティ障害の精神療法としてのDBTを中心に概説する。

参考文献:

  • 弁証法的行動療法(認知行動療法の新しい潮流) ウィンディ・ドライデン 編 ミカエラ・A・スウェイルズ 他著 大野 裕 監修 明石書店
  • スキーマ療法 パーソナリティの問題に対する統合的認知行動療法アプローチ ジェフリー・E・ヤング 他 著 金剛出版
  • メンタライゼーション実践ガイド 境界性パーソナリティ障害へのアプローチ  A.ベイトマン 他 著  岩崎学術出版社
2024年2月8日

トラウマへの精神療法(認知処理療法 EMDR)
いわゆるトラウマという用語は人口に膾炙して久しい。通常の診療の中でも主訴として最初からあげられることもあるし、診察を繰り返す中でトラウマの要素が浮かび上がってくることもある。エビデンスに基づき種々の介入がなされているが、最終的には何らかの曝露の要素が必要になってくると思われる。当日は認知処理療法、EMDRを中心に概説する。

参考文献:

  • 未定
2024年3月14日

統合的な精神療法を目指して まとめ
各種精神療法を概観してみるとその介入の中には共通的な要素が浮かび上がってくる。 認知行動療法においても認知的な立場、行動的な立場いずれの要素が強いかで前提は異なるが、具体的な介入の場面を振り返ってみると共通した介入を行なっているように感じる。当日は1年間に取り扱った精神療法を概観しながら共通的な要素を整理し、統合的な精神療法の方向性について概説する。

参考文献:

  • 未定
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