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 vol3 松平崇先生(化学 助教)

 Research Story, vol.3
奈良県立医科大学 化学 助教 松平崇先生
【Biomacromolecules】vol.20 2019: 1592-1602

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化学・高分子化学分野のトップクラスのジャーナルである【Biomacromolecules】(Impact Factor:6.092)に松平先生の論文が掲載されました。この論文は、同ジャーナルのCover Art【下図参照】にも採用されています。インタビューでは、論文の内容や、本研究を進められた経緯について、お話を伺いました。

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出典: 【Biomacromolecules】https://pubs.acs.org/toc/bomaf6/20/4 

 

➀今回の論文の骨子及びジャーナル掲載に至ったポイントについて、専門領域外の方が理解できるようにご紹介いただけますか。


→赤血球から単離されたヘモグロビン(以下Hb)を原料として用いた人工酸素運搬体は、Hb Based Oxygen Carriers (HBOCs)と呼ばれ、赤血球の代替物として利用することを目的とした、半世紀以上の長い研究の歴史があります。Hb分子をそのまま血管内に投与した場合に発生する重篤な副作用を回避するため、当研究室では酒井宏水教授のもと、Hbをカプセル化させるCellular Type (細胞型) の方法が研究されてきました。一方、Acellular Type (非細胞型)の HBOCsとしては、分子内架橋、PEGやアルブミン等による表面修飾、ランダム重合、ポリマーへの結合などが合成されています。今回の論文では、超分子重合と呼ばれる方法を導入し、Hbを規則的かつ効率的に重合する方法を開発したことを報告しました。Hbは2つのα鎖と2つのβ鎖が寄り集まって働いています。このような集合体は、超分子と呼ばれ、Hbのこれら4つのパーツ(サブユニットと呼ばれます)は可逆的な相互作用により、くっついたり離れたり、他のHb分子とサブユニットを交換し合ったりしています。本研究ではHbのβ鎖をPEGリンカーで繋いだ環状Hbを単量体(モノマー)として合成し、開環重合させて超分子ポリマーと呼ばれる鎖状の集合体を構築することに成功しました。

 

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                 (松平先生)

                                                                                                          
②この研究が評価されたポイントをご自身はどのように考えておられるでしょうか。

→超分子重合は21世紀になってから大きく発展した重合法です。今回は、合成高分子を主体とする高分子化学の分野で用いられているこの方法を、HBOCsの構築に初めて応用した点が評価されたのだと思います。超分子ポリマーの重要な性質として、可逆的な結合でモノマー同士が会合していることが挙げられます。本研究で合成された環状Hbモノマーは濃縮状態では分子同士が近づき、Hbのサブユニットを交換、つまり開環重合して高分子量の超分子ポリマーを形成しますが、希釈状態では解離してモノマーに戻ってしまいます。論文では解離してしまわないよう部位選択的にβ鎖間の架橋を導入し、最終的にはHBOCsとして有望な、HbとPEGが交互に共有結合した高分子量のHbポリマーを得ることに成功しています。Hbに限らず、タンパク質やDNAなどの生体高分子の自己組織化を利用して高次集合体を構築する研究はまだ歴史が浅く、現在活発に研究が進められている分野ですので、今後も生体分子を利用した様々な超分子ポリマーが開発されていくと思います。


③松平先生は、理学部ご出身で元々高分子のご研究をされていたとお伺いしていますが、現在の研究に携わられるようになった経緯を教えていただけますか。

→大学院では、合成的手法を用いた高分子の研究を行っていました。本学化学教室に赴任した当初は大﨑茂芳教授のもとで繊維状のクモの糸タンパク質の研究を行い、2013年に酒井宏水教授が着任されてからは、協力して現在の化学修飾Hbの研究を進めて参りました。奈良医大では一貫して生体高分子であるタンパク質に関わる研究を行ってきましたが、ターゲット分子が異なると研究手法も研究分野も大きく変わります。超分子重合とHBOCsの研究の融合から今回の論文に繋がる気づきを得たように、異分野に挑戦することで学際的な視点を得ることが、新しい発見のためには大切だと思っています。



④ 先生は科研費も継続的に獲得され、また論文も同様に書かれております。確か2018年にもBiomacromoleculesに論文が掲載されていますね。

→科研費の成果が論文となって表れ、また次の科研費を獲得しやすくなるという良い循環サイクルが実現されれば理想的です。科研費の申請書を書くと、長期的にどういう風に自分が研究を進めるのか、つまり戦略が明確になります。このような観点からも、科研費獲得を積極的に目指すことは重要だと感じています。



⑤本研究の国内外の状況はいかがでしょうか。また、学外や企業との共同研究なども検討されておられますか。


→HBOCsを臨床応用する研究は、本学の酒井宏水教授が中心となり他学との共同研究として進められている、Cellular Type (細胞型)の人工赤血球が世界最先端を走っています。実は歴史的には日本でもパーフルオロカーボン乳剤が人工酸素運搬体として認可されたことがありましたが、十分な酸素運搬機能がなく、副作用の発生により製造中止となりました。また、米国においてHBOCsの一つとして臨床試験フェーズⅢまで進んだ重合Hbがありましたが、これも残念ながら副作用の発生により中断となりました。しかし、臨床現場における代替赤血球製剤の必要性は明らかであり、現在も世界各国で活発に大学や企業で研究開発が行われています。私自身も研究を進め、構造制御されたHbポリマーを作り出す方法を発展させ、HBOCsとしての利用を目指していきたいと考えております。現在は大学内だけでの研究ですが、今後は学外や企業との共同研究なども検討できればと考えています。


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                                                             (インタビューの様子)

 
⑥将来の先生の目標についてお話を伺えればと思います。


→将来の展望として、HBOCsの研究はもちろん続けていきますが、それとは別にバイオマテリアルとしてのHbの可能性を探りたいと思っています。Hbは面白い性質で、4つに分かれているサブユニットが、水素結合、静電引力、疎水性相互作用、ファンデルワールス引力などにより、架橋されることなく自然に一つの球状の塊になり、酸素運搬の働きをしています。サブユニット同士は溶液中で結合解離を繰り返し、また酸素分子の結合と解離に伴いダイナミックに形状を変えて、協同的な効果を示します。Hbの素材としての性質を生かした応用が出来れば、様々な展開が期待できると思います。

 

⑦本研究を進めるにあたっての謝辞があればご紹介ください。

→研究を直接ご指導いただきました酒井宏水教授をはじめ、分析についてご助言いただきました山本惠三准教授、研究にご協力頂いた研究室メンバーの皆さまに感謝を申し上げます。

以上

(インタビュー後記)
「ヘモグロビンって面白いですよ」と語られ、バイオマテリアルとしての可能性を探りたいと語られた姿に高分子化学者の素顔が垣間見えました。生体高分子の分野は、これからの可能性を大いに秘めた領域です。今回は、化学から医学への応用という学際的な視点から生まれた研究ですが、医学から化学へと新素材の開発にも期待が高まります。

 

     (インタビュアー : 研究力向上支援センター 特命教授・URA 木村千恵子)

 

【Biomacromolecules】:米国化学会(ACS, American Chemical Society)が発行する化学分野においてトップクラスのジャーナルである。(外部サイトへリンク)

【松平先生の論文はこちら】: 【Biomacromolecules】vol.20 2019: 1592-1602(外部サイトへリンク)

 

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