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 vol7 七浦仁紀先生(脳神経内科学 助教)

 Research Story, vol.7
奈良県立医科大学 脳神経内科学 助教 七浦仁紀先生
【Nature Communications】 2021年 9月,vol. 12(1), 5301

七浦先生正面

 

 

 

 

 

 

 

 

論文タイトル:
 C9orf72-derived arginine-rich poly-peptides impede phase modifiers.

C9orf72遺伝子由来のプロリンーアルギニン繰り返しポリペプチドが相分離制御因子の機能を妨害する

2021年9月6日に、オープンアクセスジャーナルではトップクラスのNature Communications(IF=14.919)に七浦先生の論文が掲載されました。オープンアクセスジャーナルとはインターネットを通して誰でも無料で閲覧可能な学術雑誌です。Nature Communicationsは生物学、物理学、化学、地球科学領域の高品質な研究成果を掲載してきています。今回は論文の内容をお伺いすると同時に、発表に至る裏話や今後の抱負などをお聞きしてきました。

 

➀今回の論文の骨子について専門領域外の方でも理解できるようにご紹介いただけますか。

→神経変性疾患とは、神経細胞が障害を受けて脱落する進行性の病気であり、根本治療法が開発されていない難病が多く、患者さんの負担が大きい疾患群です。筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、筋肉に指令を伝える運動神経が変性し、筋萎縮が進行する病気です。また、前頭側頭型認知症(FTD)は、脳の前頭葉や側頭葉が萎縮して、理性的な行動ができなくなったり、言語障害がみられたりする病気です。ALSやFTDにはC9orf72遺伝子の異常が共通して見つかっていましたが、分子メカニズムについては不明な点が多くありました。この論文では、C9orf72遺伝子の繰り返し配列から生じる毒性ペプチドが、タンパク質の相分離を破綻させる詳細な分子メカニズムを明らかにしました。

七浦先生3424

(七浦先生)

 もう少し詳しくお話しすると、ある種のタンパク質ではサラダドレッシングの水と油のように”相分離”を起こす現象が見つかり、細胞内での役割が注目を浴びています。生物学的な相分離を起こすタンパク質の中には、ALSやFTDに関連するFUS等のタンパク質があります。FUSは、数種類のアミノ酸のみからなる低複雑性(LC)ドメインを持ったRNA結合タンパク質で、このLCドメインが相分離に重要です。細胞内では、ストレス顆粒などの膜を持たないオルガネラ(細胞内小器官)のように、相分離によって物質が区画化されて機能を発現していますが、相分離の制御が破綻すると神経変性疾患でみられる不溶性のアミロイド形成につながると考えられています。またFUSは細胞の核に局在するために必要な配列(NLS)を持っています。このNLSを核内輸送受容体であるKapβ2というタンパク質が認識し、FUSの細胞内での居場所を制御しています。近年、Kapβ2がFUSの核への輸送だけでなく、FUSの相分離を制御するシャペロンとして働くことが報告されていました。今回我々は、C9orf72遺伝子変異から生じる毒性ペプチド (プロリンとアルギニンという2つのアミノ酸がつながったジペプチドの繰り返し) がKapβ2のNLS結合部位を標的とし、Kapβ2とFUSとの結合を競合的に阻害することで相分離を破綻させるというモデルを提唱しました(下図参照。ピンクの球体が相分離した液滴を示す)。今回の研究のように神経変性疾患の分子メカニズムを一つずつ明らかにしていくことで、根本治療法の開発につながればと期待しています。

 七浦先生論文fig1

 

 

 

  Nature Commun 12(1), 5301, (2021), Fig. 6より


②【Nature Communications】に論文が掲載されることになった評価ポイントについて、ご自身はどのような分析をしておられるでしょうか。

→実は論文のコアデータが出た最初の段階で、別の雑誌への投稿を検討していましたが、重要性がなかなか伝わりませんでした。そこで追加データを取得した後、あらためて相分離シャペロンの機能阻害が、ALS/FTDの背景にある分子メカニズムにつながる事が伝わるよう構成を見直し、Nature Communicationsに投稿したこところ掲載が認められました。また、この論文ではKapβ2、FUS 、毒性ペプチド間の結合を様々な方法で検証しています。生物物理学的手法を含めた分野横断的な研究により、タンパク質間の結合の様子を詳しく明らかにできたことが、大きな評価につながったのではないでしょうか。ちょうど他のグループから関連する論文が出た直後の時期で、この分野の研究に注目が集まっていたタイミングでもあり、結果的に影響力の高い学術誌に掲載されることになり良かったと思います。

七浦先生上村先生3410

 

 

 

 

 

 

 

 

⓷今回の研究で大変だったことは何でしょうか。

→1つは実験に用いるタンパク質試料の準備です。正確なデータを得るには、実験に使うタンパク質をできるだけ均一な試料にする必要があります。しかし、今回扱ったタンパク質は精製していくと、お互いにくっつき「だま」になって沈殿してしまう性質を持っていました。こうなるとタンパク質は正常な機能を発揮できず、実験には使えません。いろいろな条件を試し、実験に使えるものを準備するまでに時間がかかりました。また、これらの試料を使った相分離解析のための実験法の立ち上げにも苦労しました。この手法は海外の研究室から報告されていたのですが、なかなか再現することができませんでした。本当に出来るのか不安になった時期もありましたが、粘り強く続けていくと実験のコツがつかめ、ようやくうまくいくようになりました。途中であきらめず継続できたことが今回の成果につながり、ほっとしています。

 

④先生が脳神経内科を専攻されたのは、何か具体的なきっかけがあったのでしょうか。また、医学の道を志された経緯についてもご紹介ください。

→高校時代までは生物科目が好きで、最も身近な人体を対象とする医学に興味を持ったのが医師を目指したきっかけかもしれません。大学生の時には脳や”意識”を対象とした仕事に興味を持ち、神経系の研究室でリサーチアシスタントをさせていただいたことも診療科の選択に影響していると思います。脳神経内科に入局後は、大学や関連病院で臨床医として勤務しつつ、臨床研究を行っていました。現在行っている神経変性疾患の研究は、2018年の大学院入学後から始めました。ちょうどその頃、脳神経内科教授の杉江先生と、米国から帰国された未来基礎医学教室の森先生が一緒に研究しようというタイミングでした。この共同研究の話を聞いて直感的に面白そうだと思い、基礎研究を開始することにしました。幹細胞や脳オルガノイドなど他の研究にも関わった後、テーマを相分離制御の破綻と神経変性疾患との関連に絞り、研究を続けました。神経変性疾患の基礎研究を始めて3年程度の期間で今回の成果に結びついたのは、大変幸運だったと思います。

 

⑤日々の研究活動の中で、問題意識を持っておられることがあればご紹介ください。

→神経変性疾患は診断自体も難しく、また未だに根本的な治療法がない疾患も多いのが現状です。実際に担当している患者さんのことを常に念頭におき、研究成果が診断や治療法、治療薬の開発につながればと期待しています。また視野を広く持ち、日々の診療の中で生じる「気付き」を大切にして、臨床と基礎医学をつなげられるよう研究をすすめることを心掛けたいと思っています。

 

⑥今後の先生の目標についてお伺いします。研究内容等について差し支えない範囲でお話いただけるでしょうか。

→現在は大学院を卒業し、基礎研究と臨床業務との時間配分が難しいですが、後輩の大学院生の指導を通して研究を進めていければと思います。また、基礎研究で得られた知見を疾患モデルに適用することも検討しています。脳神経内科では神経変性疾患を含めまだメカニズムがよく分からない疾患が多くあり、臨床の現場が研究の最先端であるということもできます。臨床医としてもしっかりとした基礎データを収集し、疾患の理解が深まるような研究につなげていきたいと思います。

 

⑦最後に、本研究を進めるにあたって多くの方々のご協力があったと思いますが、特に感謝をお伝えしたい方があればお聞かせください。

→本研究は多くの方々との共同研究で、このような横断的研究がNature Communicationsへの掲載に結実したことをとても嬉しく思います。学内ではこの研究の機会を与えていただいた所属講座の杉江和馬先生、未来基礎医学教室の森英一朗先生に深謝いたします。また、学外の共同研究者では立命館大学の吉澤拓也先生、徳島大学の齋尾智英先生、名古屋大学の愛場雄一郎先生をはじめとする先生方に大変お世話になりました。ありがとうございました。

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以上

<編集後記>

→今回のインタビューで印象に残ったのは「幸運でした」という七浦先生の言葉でした。様々な場面で「幸運でした」とお話になられましたが、「幸運は用意された心のみに宿る」ということを考えると、そこに至る先生の並々ならぬ努力が伺えます。また、その努力を努力としない強靭な精神力も感じ取ることができました。この言葉以外にも「患者に寄り添って」など、そのお話しぶりからは先生の謙虚なお人柄がにじみ出ていました。お話しているだけでゆったりと安心感を与えていただける先生で、私も担当していただけるならこのようなお医者様がよいなと思いました。今後は臨床を中心に活動していくと話されていました。きっとその活動の中でまた大きな発見をし、その時も控えめに「幸運でした」と発言されるのではないでしょうか。その幸運はきっと日本、そして世界の医科学に影響をあたえるような発見になり、何よりも先生の希望される「患者さんのため」につながることでしょう。その時にまたインタビューさせていただける機会を今から楽しみにしています。

(インタビューアー:研究力向上支援センター 特命准教授・URA 上村陽一郎  
 URA  垣脇成光 )

 

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【七浦先生の論文】:【Nature Communications】 2021 Sep., vol. 12(1), 5301(外部サイトへリンク)

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